目次

    PART1

    PART2

『日本キリスト教歴史人名事典』(教文館)刊行記念対談

対談=鈴木範久×佐藤優

PART2

"現代日本の隠れ信徒" をも拾い上げる

 鈴木 もう一つ、今度の本で心がけたところは、いわゆる聖人伝みたいなものではなく、信仰のある者もない者も含めて、キリスト教と関わりのある人物を収録することでした。私も書きましたけれど、竹久夢二とか野村胡堂、長谷川町子なども収録しました。日本では一見信者に見えない人でもキリスト教の影響を受けている人が多くて、広い意味では現代日本の隠れ信徒かもしれませんが、そういう人をなるべく入れるように心がけたのです。それが日本社会のキリスト教の在り方でもあり、信徒数だけではわからないキリスト教の意味づけではないかと考えておりました。大正十年の『信仰三十年 基督者列伝』が復刻されましたが、あの本は当時の信仰三十年の人だけを集めた人名事典でその意味では重要ですが、実際に受洗したとかしないとか、教会生活はどうだったかとか、そういうこともある面では必要ですが、そうではなく、その人の人生にとってキリスト教がどういう影響を与えたか、そういう観点からもキリスト教に関わった人たちをなるべく取り上げて入れたいと思ったのです。なかなかそうはいかないところもありましたが、心がけておればそういうことも多少今回の本に反映されているのではないかと期待しています。

 佐藤 野口幽香さんは入っていますか? 私は二葉乳児園とご縁があって応援をしているのですが、野口幽香さんは海老名弾正とも植村正久ともぶつかってしまった人なのですが、学習院の華族幼稚園と一緒に「貧民幼稚園」と言われた二葉幼稚園を作りながら、独自に単立の基督教二葉独立教会(現・東中野教会)を作り、四谷鮫河橋(明治の三大貧民窟のひとつ)で幼児教育、子供のために力を注いだ。今もその施設は残って中心的な役割を果たしていますから、ああいう人のキリスト教信仰というのは非常に知りたいところです。

 鈴木 内村鑑三も二葉幼稚園とは晩年かなり関わりを持ちました。彼もあそこは貴族幼稚園だけれどもと言いながら関心を持っていたようです。

 佐藤 華族の幼稚園と一緒にやりながらでないとできなかったんでしょうね。日本の社会福祉の分野においてもキリスト教というのは無視できない役割を持っているんです。例えば、日本で初めて赤ちゃんポスト(「こうのとりのゆりかご」)を始めた熊本の慈恵病院にしても、もとはハンセン病の療養施設で、そこのところもキリスト教的な価値観、カトリシズムになりますけれども、その価値観と切り離してはありえない。キリスト教が世俗化された領域で今でも無視できない影響を与えていると思うんです。

 鈴木 ホスピスもそうですね。淀川キリスト教病院も、浜松で「聖隷ホスピス」を開設した長谷川保さんのところもそうで、長谷川さんも内村鑑三の弟子でした。

 佐藤 私がお世話になった五十嵐喜和先生のお父さんも孤児院を経営していました。五十嵐先生はそこで同じような感じで育ったとおっしゃっていました。そう思うと意外な人がキリスト教の関係では重要な役割を果たしていますね。例えば思想面でも、西田幾多郎に滝沢克己が出会うことがなければ、おそらくハイデガーのところに行っていてバルトに出会うことはなかったでしょう。あるいはロシアの宗教哲学者のウラジミール・ソロヴィヨフ、この人を大川周明や最高裁判事の田中耕太郎が高く買っていました。キリスト教というのは広義で見た場合には日本の思想にプラスの意味でもマイナスの意味でも影響を与えていて、それがやはりこの事典から人を通して浮き彫りになってくるというのが、今回この二〇二〇年に、この事典が刊行される大きな意味だと思いました。

 鈴木 私もそう思っています。作った方としても期待したのはまさにそういうところでした。


日本人であってキリスト教徒であること

 佐藤 鈴木先生は、日本におけるキリスト教の土着化についてどう評価されていらっしゃいますか? 私は一九三〇年代の終わりから四〇年代におけるキリスト教の土着化というのは二面性があると思うんです。一面においては体制迎合的なところ、他面では欧米のミッションの目的が日本の植民地化というところにあったのは間違いないわけです。そこで、われわれはキリスト教徒ではあるけれども植民地主義の手先ではないんだとそこから距離を置こうとする。その両方の要素・両面性をどう評価するのか、これから難しくなると思うんです。
 例えば私は魚木忠一の『日本基督教の精神的伝統』(一九四一年)は、時局迎合的な本ではないと見ています。ところがその二年後に出た『日本基督教の性格』(一九四三年)というのは完全に当時の時局に迎合している文章で、そこの境界線が虹のスペクトラムみたいで難しい。
 ですから、日本人であってキリスト教徒であることをどういうふうに見るのか。日本の場合にはキリスト教徒の数だけ見れば非常に少ないのだけれど、キリスト教の影響を受けている人はかなり多くなります。ただ、キリストをどう受け止めるかというとこれはなかなか難しい問題があると思うんです。

 鈴木 日本のキリスト教に関してですが、小説の題名を借りれば、日本社会では「赤と黒」は駄目だと。

 佐藤 スタンダールの世界では無理だと。

 鈴木 ご承知のように「赤(アカ)」は共産主義、「黒(クロ)」というのは九州の方で隠れキリシタンをそういう言い方をしているところがあります。ですから、体制的な神道と仏教が定着している日本でこういうものを打ち超えて教会信徒が増えるというのは絶望的だと私は思っていますが、そのかわり他の調査ではこういう結果が出ています。たとえば教育、どんな宗教の学校に関係しましたかという調査では仏教とキリスト教は両方とも一割ずつで匹敵しています。ですから学校教育の面では仏教とキリスト教の影響を受けた卒業生が相当数存在する。それからもう一つは文学、最近はカトリック文学ですけれども、キリスト教文学はかなり読まれている。ですから、いわゆる教会信徒の数ではない意味で日本のキリスト教を見る必要がある。これは聖書の発行部数でもいえることです。信徒数や教会レベルで考えることもある程度は必要ですけれども、私個人からすればあまり教会の信徒の増減などではキリスト教を考えたくないし、考える必要もないと思っていて、制度とか組織にこだわらないキリスト教が浸透してくる。それでいいのではないかというのが、今の私の日本におけるキリスト教観です。

 佐藤 そこは私も同じ考えです。今キリスト教に関する情報というのは非常に多くあるわけですから、こちらへノックしてくる人たちに対して伝えればいいと思うんです。
 文学者に関しても作家の大江健三郎さんなどは非常に重要な人物で、私が今指導している大学院の学生の一人はピエール・ベールの宗教改革試論で修士論文を書いているのですが、どこでピエール・ベールに気づいたかというと大江さんと柄谷行人さんの対談からなんです。そういうところからキリスト教に気づくということもあるわけです。

 鈴木 そうでしたか。そういう気づきもあるのですね。


キリスト教の在り方/通読することの価値

 佐藤 私が研究しているチェコの神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカは、無神論者のための福音ということをきちんと考えなければいけないということを言っていますが、今フロマートカの著作を続けて訳すとともに、東ドイツのフンボルト大学の教授で、ハンス=ゲオルグ・フリッチェという神学者の書いた四巻本の『教義学』を読んでいます。東ドイツの神学はカール・バルトやディートリヒ・ボンヘッファーの神学を継いで非常に良いものがあったのですが、統一後のドイツには全然繫がっていません。しかし、そのときの「無神論社会におけるキリスト教の意味」は、日本におけるキリスト教徒の在り方に非常に参考になると思っているんです。
 それから、H・ミューラー『福音主義神学概説』(雨宮栄一/森本あんり訳、日本キリスト教団出版局)という本があって、これは東ドイツ・フンボルト大学のプロテスタント神学部用の教科書ですが、私はこれを同志社の授業で使っていました。こういうものも使いながらキリスト教的な考え方を身につけた人材を大学、大学院まで進めて社会に出していく。そんな課題に取り組んでいますので、私も別の側面から日本のキリスト教というのを考えているんです。
 今回の『日本キリスト教歴史人名事典』は、私も教えている学生たちにはきちんと読ませます。キリスト教をプロとして勉強する人は、この本を通読しなければ駄目ですね。既刊の『日本キリスト教歴史大事典』もそうですが通読できるリーダブルな本ですから、少し分厚いからと思って敬遠するのではなく、端から端まで通読する。きちんと読めば全体像がつかめるので、それを読者に薦めたいと思います。『日本キリスト教歴史大事典』は一七三六頁ありますけれど、毎日きちんと読んで二ヶ月くらいで読めましたから、今回の『日本キリスト教歴史人名事典』も二ヶ月あれば読めるはずです。

 鈴木 これは良いことをお聞きしました(笑)。実際に通読したという人から初めてお話を伺いましたけれど、今度の本は約一〇〇〇頁と以前の本より薄いですから、読者の方にはぜひ通読に挑戦していただきたいと思います。(おわり)


★すずき・のりひさ=立教大学名誉教授、専攻は宗教学宗教史学。特に近代日本キリスト教における内村鑑三研究や日本語の聖書翻訳研究など。一九三五年生。

★さとう・まさる=作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了(神学修士)、同志社大学神学部客員教授。一九六〇年生。