異論・反論 イスラームを巡る10の書簡

インタビュー=飯山陽/中田考
『イスラームの論理と倫理』(晶文社)刊行を機に

中田考インタビュー


「わからないことがわかる」ように

 ――第三者の目から見ても関係が良好とはいえない相手とのお仕事だったかと思いますが、引き受けられた動機を教えて下さい。

 中田 本書が出る前に『俺の妹がカリフなわけがない!』という本を同じく晶文社から刊行していただいたのですが、宿願だったラノベ作家になるという夢を叶えていただいたので、編集担当の安藤さんには頭があがらないんですね。だから依頼された仕事はなんでも引き受けますよと。(笑)

 そもそも『俺の妹がカリフなわけがない!』を書いたのも読者層を広げたいという目的からでした。本書に関しても、私よりも飯山さんの方がずっと読者層は広そうですから、より多くの人に読んでもらえることはそれなりにいいことなので。

 これは内輪の話なんですけれども、私と飯山さんの出身である東京大学イスラム学研究室へ進学する人がどんどん減ってきていて、来年度は修士も学部も進学者が1人もいないのではないか、という恐ろしい話も出てきています。このままではイスラム学研究室は消滅してしまう、そんな危機を迎えているんですよ。それはさすがにまずいので出来るだけ多くの人に読んでいただき、興味を持ってもらって、イスラム学研究室への進学者が1人でも2人でも増えてくれることに役に立ちたい、という願いもあります。学問に限らずどんなものでも、まず裾野が広がらないことにはレベルが上がっていきませんから、何をおいても裾野を広げることが重要なんですね。だからどんな人間であっても売れっ子が出てくれることはいいことだと思っています。「悪名は無名に勝る」とも言いますしね。

 ――WEB連載を経ての出版は珍しいケースだったと思いますが、実際やってみての手応えはいかがですか?

 中田 本を読んでいただければわかることなんですが、全体的に私の担当分のほうがだいぶ長いんですよ。実はこれでも元の文からずいぶん削りました。WEB媒体の「晶文社スクラップブック」連載時の文章から3分の1ぐらい削りましたかね。本と違ってWEB媒体ならいくらでも書けるから、かなりの文字数になってしまった(笑)。

 そもそも私はイスラームも、ムスリム社会のことも日本人にはわからないという立場なので、たくさん書いたところでイスラームの理解が進む、と思っているわけではなく、むしろ書けば書くほど「わからないことがわかる」ようになるだけなんですけれど、ともあれ、いずれ削らなければならないこともわかっていながらもたくさん書いたわけです。

 WEB媒体だからこそたくさん書けたことに加え、文体的にもくだけた感じで書けました。これは普段の学術論文では書きにくいことが書けた、ということを意味します。こういった文体は私の本の中では珍しくて、実際、学術論文では書けないことっていっぱいあるんですね。こういうくだけた文体で書かれているからこそ、これまで以上に「わからないことわかる」ようになり、他の本では伝えられなかったことが伝えられたように思います。


事実関係の一致、判断基準の不一致

 ――本書では交互にテーマを出しあい、そのテーマに沿った時論を論じる形で進められますが、「最終書簡」は自由テーマで、飯山さんの場合、終始中田さんへの批判が論じられています。この飯山さんの文章を読んでどんな感想をお持ちになりましたか?

 中田 正直あまり真面目に読んでないので、まあ、いいんじゃないでしょうか(笑)。

 お互い価値観は全然違いますし、嫌いなものは嫌いで全然構わないので。批判に対していちいち反論したところでどうなるものでもありませんし。

 私は、誰でも好きなことを書けばいいという立場をとっています。それは大学で教えるようになってからの話で、大学院生の頃は、学問とは批判するものだと考えていたんですね。最近はその考えを完全に改め、何も批判しなくなったんです。本書でも私は飯山さんに限らず誰も批判をしていません。他の本でも他人の批判は書きませんし。だから、飯山さんがそういう主張をされるのも別にいいんじゃないっていう(笑)。

 ――価値観が異なるとはおっしゃりながらも、第六書簡「ハラール認証の問題」の章は、ハラール認証機関の欺瞞を暴くという点で意見が一致しているように見受けられました。

 中田 実はハラール認証の問題だけでなく事実認識は結構一致しているんですよ。そもそも私はアラブ人が大嫌いですし、今のムスリム世界はろくなものではないと思っています。そういった事実認識は結構一致していて、ハラール認証の問題意識もほぼ一致しているというか、むしろ私のほうが手厳しい(笑)。実はイスラム世界の現状認識は私の方が飯山さんよりずっと厳しいと思います。

 事実関係の認識は一致しつつも、そもそも判断している基準が全く違うんです。今のムスリム世界は、飯山さんの西洋的な基準で見てどうしようもないと論じられている点に加えて、私のイスラーム的基準から見てどうしようもないので、本当にどうしようもないんですね(笑)。特に今回取り上げたハラール認証に関しても、様々な角度から見てもどこからみてもどうしようもない醜悪極まりない制度です。こういったハラール認証の問題のようなことはもっともっと飯山さんにも突っ込んでもらいたいんですけれどもね。

 ちなみに私の家にも今、ハラールマークのついた食品はいくつかあります。ハラール認証を問題にしつつも、別にハラールマークがついているから食べないというわけではないんです。ハラールマークはつけたいと思った人がつければいいんですね。誰がつけたって構わない。問題は認証です。ハラール認証だといって、他人のものを認証する、それを押し付けることが問題なのであって、この部分は神学的な議論につながります。ちなみに先日、ハラールマークをつけたイスラームの中華料理屋に行ってきたんですよ。そういったお店が増えてくれることは歓迎しています。

 ――ハラール認証の問題はこれから日本でも様々な議論が出てくると思います。この点について違った視点で問題のあり方を双方に論じていただいたので読み応えがありました。

 中田 以前からハラール認証の問題をTwitterなどで発言していましたが、まとまった文章では書いていませんでした。本書でハラール認証について好きなことが書けましたし、飯山さんもしっかり書いてくれました。この問題をここまで踏み込んで書かれたテキストは本書以外にまだ出ていないので、そういった意味では面白い部分だと思います。

 ――「ハラール認証の問題」以外に収録されている時論の中で、これから本書を読む読者に向けて勧めたい論説はありますか?

 中田 恐らくどの章を読んでも理解はできないと思いますが、それを言ってしまうと身も蓋もないので(笑)。強いて挙げるとすれば「第一書簡」と「あとがき」ですかね。

 ただ、この連載は毎回1つ国を取り上げるという趣旨で進められていてですね、一部そうではない章もあるのですが、大体が1つの国にフォーカスした内容になっていて、かなり具体的な話を論じているんですよ。例えば「第四書簡」で取り上げたタイの話であれば、タイとイスラームの関係がわかるような書き方をしたつもりです。だからこれから本書を読む読者は、まずご自身の興味を持っている国に着目していただきながら読んでいただければ、それなりにわかる部分も出てくると思います。


新型コロナに対するイスラーム社会の認識

 ――本書ではイスラム社会における「新型コロナ」をテーマにした論説が2章分と中田さん場合は「最終書簡」でも取り上げられています。今回の新型コロナの影響について、直近の状況も含めご意見をお聞かせください。

 中田 新型コロナでそれなりにたくさんの方が亡くなったのですが、民衆レベルではそこまで気にしていないという印象です。はっきり言って、向こうの社会だと他の要因で亡くなる人の方が多いですから。私自身もそこまで気にしていないです。

 最近、シリアのダマスカスから帰ったばかりのシリア人と結婚した日本の方に話を聞きましたが、ダマスカスは現在内戦中ですし、薬もあまりないので普段から悲惨な状況なんですよ。それでも新型コロナは流行るまではみんな恐れていたらしいのですが、一旦流行が広がると、家族、親戚、みんな罹ってしまったのですが、皆たいしたことはなく何もしなくてもなおってしまったので、もう全然気にしなくなったそうです。その方の家族だけではなく、ダマスカスではもうみんな気にしなくなっているそうです。新型コロナに関してはその程度の認識なんです。新型コロナよりも爆弾のほうがよっぽど危ない。それに、信仰的にみても人間はやがて死ぬものだと毎日そのことを思って礼拝して生きているいるので気にしなくて当然なのですが。

 新型コロナに罹ったイギリスの首相も結局回復しましたし、アメリカとブラジルの大統領などずっと元気でした。トランプなんて70ちょっとなのに復帰できたわけですし。私も直接知っている人間で罹ったのは1人しかいません。あんなもので騒ぐ方がおかしい、というのは本にも書きましたけれどね(笑)。

 国家レベルで見ると、むしろ病気自体の被害というよりかは、世界に合わせていろいろ対策をやった結果、経済はおかしくなってきています。飛行機も飛んでいないから、例えばトルコでは観光客が全然来なくなっています。商業などもどんどん駄目になっていて、第三世界の場合は元々の状況がよくなかったことに加えて、新型コロナの影響を受けて余計に悪化していますね。

 ――最後に、現在はどのようなトピックに注目していますか?

 中田 そうですねえ、私自身一番興味を持っているのはトルコですね。今、ナゴルノ・カラバフの問題でアルメニアとアゼルバイジャンの間で紛争が起きていますが、実はその裏ではトルコが糸を引いているとか、そういった話も出ているので、トルコ関係の話が一番重要かな、という気がします。イスラームを取り巻く国際情勢は何を語るにしてもトルコが絡んできますし、今一番の台風の目になっている国だといえます。

 実はもうすぐトルコ関係の地政学の翻訳書で私が監訳した『文明の交差点の地政学』(アフメト・ダウトオウル著、書肆心水刊)が11月20日刊行され、アマゾンではもう予約が始まっているのですが、トルコを巡る問題はこの本で詳しく記されています。余談ですが、『文明の交差点の地政学』は解説を内藤正典先生が、帯の推薦文を池内恵先生がそれぞれ書いてくださったんです。私を含めたこの3人の人選は、私と飯山さんの組み合わせと同じくらいにありえない組み合わせなので、そちらもぜひご期待ください(笑)。(この項おわり)

★なかた・こう=イスラーム法学者。灘中学校、灘高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(Ph.D)。山口大学助教授、同志社大学教授を経てイブン・ハルドゥーン(在トルコ)大学客員教授。1983年にイスラーム入信、ムスリム名ハサン。著書に『イスラーム法とは何か?』(作品社)、『カリフ制再興』(書肆心水)、『イスラーム 生と死と聖戦』(集英社新書)、『みんなちがって、みんなダメ』(KKベストセラーズ)、『イスラーム国訪問記』(現代政治経済研究社)、『13歳からの世界征服』『70歳からの世界征服』(百万年書房)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』(サイゾー)など。1960年生まれ。