目次

    PART1

    PART2

日本のあらゆる芸能の原点にある「大道芸」を網羅

光田憲雄著『日本大道芸事典』(岩田書院)刊行を機に
対談=光田憲雄×西条昇

PART2

『日本大道芸事典』
著者:光田憲雄
出版社:岩田書院
ISBN13:978-4-86602-100-3



一人あの世に行くと演目が一つ無くなる

 光田 笑わせながらいつの間にか自分のペースに持っていく。だいたいが七五調でできていますね。

 西条 道行く人たちの心理をコントロールしていくんでしょうね。

 光田 香具師の会話は繰り返しが多い。笑わせながら、自分の売りたい商品にだんだんと付加価値を付ける。そういう独特なしゃべりがあります。話が逸れたと思っても、いつの間にか戻っていたりする。あとから考えると、この人は一体何が言いたかったの? と思うけれど、その場で聞いているとおもしろくて心地良いのでつい物を買ってしまう。

 西条 光田さんからご覧になって、寅さんの物売りの風景はどのように見えていらしたんですか。

 光田 映画として見せることが主ですから、実際に売れるかは別だと思います。それは知り合いの香具師も言っていました。昔はインチキな物でもなぜ売れたかと言えば、一時間二十分も時間をかけていたからです。最初の十分は導入で人集め。「人〆」と言います。その後一時間が「本題」で、買わなければ損だという気持ちにさせるように話をする。そして最後の十分で、お客さんが欲しくて仕方がない状態にさせて、欲しいと手をあげた人に商品を先に配ってしまう。お代は後からいただくんです。そのお金に換えることを「コマシ」と言います。最も大切なのが「本題」、つまりプロセスですね。

 西条 映画でのシーンは何十秒ですからそのエッセンスを見せたのでしょうね。

 光田 今、私が芸として披露しているのも寅さんのようなエッセンスをいくつか繋げて十五分くらいにまとめています。それ以上長くするとみんな疲れていなくなってしまいますよ。

 西条 そうですよね。過程がおもしろいんですよね。みたま祭りのお化け屋敷も入らずに口上を聞いている方が楽しかった。結果をあまり期待してはいけないのはお化け屋敷や見世物小屋も同じですね。

 光田 あれは領収書だと思えばいいんです。つまらない落語を聞いても前払いでお金を取られているけれど、香具師の口上はいつでも途中で帰ることができる。いつでも逃げられるのに聞いていたわけだから、聞き賃として、物を買ってあげたり小屋に入ってあげるんです。

 西条 そう考えると良心的ですね。光田さんは、東京都のヘブンアーティストもされているんですか。

 光田 登録はしています。でも和物はあまり人が集まりません。ジャグリングなどの西洋系をしている人が多いですよね。やる人が多いから技を磨かなくてはいけないので西洋系はレベルがあがる。一方で和物はする人自体がいなくなっています。一人あの世に行くと演目が一つ無くなる。そういう状態です。

 西条 光田さんが老香具師に教えてもらったように、弟子をとって継承することはあるんですか。

 光田 定期的に大道芸の講習会をしています。でも基本的には横で見て盗むんですよ。芸人は、自分より上手い人を育ててしまうと自分の仕事が無くなってしまう。私が芸人と名乗らずに伝承家と名乗っているのは、伝承家は自分を超えさせることにより伝承していく。私を超えた段階で卒業させます。数は少ないですが、そういう人が全国にいますね。

 西条 どのように教えるんですか。

 光田 実際に演じます。最初は演じる自分が楽しくなくては駄目だと教えますね。次に見ているお客さんを楽しませなくてはいけません。今は物を売るわけではないですから、楽しくやるのが一番ですよ。お陰様でこれまでイベントなどに呼ばれて芸を披露してきましたが、今年は新型コロナで全部無くなりました。


興味を持った人たちへの入門書に

 西条 劇場もイベントも世界的に大変ですよね。大道芸を芸としてされる方が少なくなっている中で、光田さんが本にまとめることによって、いろんな角度から興味を持つ方が増えると思います。

 光田 そうなるとうれしいですね。絶滅危惧種と言うよりも、既に絶滅しているからせめて記録だけでも残したかった。

 西条 ヘブンアーティストや野毛の大道芸をしている人たち、イベントがあれば足を向ける人たちが、この本にも興味を持ってくれるといいですね。せっかく「大道芸」という言葉に興味を持っているわけですから、それがこれだけ奥深い世界だとわかると更に大道芸が楽しめると思います。興味を持った人たちへの入門書になればいいですね。

 光田 なるべく背景がわかるように書きました。YouTubeなどで私が演じている大道芸の映像が出てきますから、そういうものも参考にしてほしいですね。

 西条 口上は実際に聞かないとわからないですからね。

 浅草との関わりでもう少し話すと、〈十九の春〉の項では、浅草で活動していた添田啞蟬坊の作詞した「ラッパ節」が沖縄を代表する歌の一つである「十九の春」になって伝わっていくというくだりが興味深かったです。啞蟬坊の元で修業して、後にタレント議員第一号として当選する石田一松のことも〈ヴァイオリン演歌〉の項には書かれています。石田の弟子で「最後の演歌師」と呼ばれた桜井敏雄さんの名前も出てきますが、桜井さんには私が以前テレビの構成作家をしていた頃に「タモリの音楽は世界だ」という番組で「東京節」を演奏してもらったことがあったので懐かしかったです。そういった親しみのある芸能のことが書かれていて私は楽しんでこの事典を読みました。

 他にも私は色々と浅草の資料を集めているのですが、その中にパノラマ館や花やしき、浅草十二階(凌雲閣)の中にあった演芸場のチラシもあります。〈浅草名物小唄〉の項目に「浅草の昔なつかし十二階 江川の玉乗り 新世界 活動写真は電気館……」とあって、「新世界」という言葉が出てきます。明治期にあった新世界は確認できなかったと光田さんは書かれていますが、あれは「珍世界」だと思います。六区に明治三十五年から四十一年まであって、X光線や大鮫といった変わった物の展示ばかりをしていた見世物小屋のような場所でした。

 光田 それは知りませんでした。ちょうど「浅草名物小唄」の頃と合いますね。

 西条 徳川夢声や古今亭志ん生が子どもの頃に珍世界に見に行っていたという記事があったりしますので。

 光田 西条さんの資料を先に知っていたら記述が変わったところもありそうです。どうしても抜けや、もっと掘り下げられる部分もあるので、ぜひ西条さんにもっと研究を進めてもらって、幅広い芸能史の本を出していただきたいですね。

 西条 四半世紀かかった『日本大道芸事典』のように、年代物のウイスキーのような味わいが出せる本を私もいつか書いてみたいと思っています。(おわり)

★みつだ・のりを=日本大道芸伝承家。江東区江戸資料館をはじめ、これまで国内外で大道芸を披露してきた。著書に『江戸の大道芸人』、共著に『江戸の助け合い』など。一九四六年生。

★さいじょう・のぼる=江戸川大学マス・コミュニケーション学科教授。フリーの放送作家、お笑い評論家を経て現職に。著書に『ジャニーズお笑い進化論』ほか。一九六四年生。

東京都が行っている「アートにエールを!」プロジェクトでは光田氏が関わる大道芸の一部を閲覧できる
https://cheerforart.jp/detail/6131