保守もリベラルもQアノンも

『誰もが知りたいQアノンの正体』(ビジネス社)刊行を機に

対談=内藤陽介×掛谷英紀

Part2




アメリカのポリティカル・コレクトネス


 掛谷 アイデンティティ・ポリティクスの話が出ましたが、近年のアメリカは二大政党制のひずみからか、特に民主党側のアイデンティティ・ポリティクスのひどさが際立って、建国の理念すら認めない方向に向かっているように思います。

 最近アメリカからきた留学生やALT(Assistant Language Teacher)の若い人と話をしたのですが、来日の理由にポリティカル・コレクトネス(以下ポリコレ)が嫌だという、いわゆるポリコレ疲れがあるみたいです。よく日本は同調圧力で選択肢を狭めていると言われますが、今の欧米のポリコレに比べればまだましと思っている人たちがいる、ということですね。

 内藤 ポリコレを主張する人たちは選択肢自体を否定してきますよね。そもそもポリコレの歴史的背景はヨーロッパが近代化、文明化を進める上で、他の地域の異分子を徹底的に差別、排除して純化していったことに対する反省から出てきた反差別が由来です。そしてあまりにもポリコレの勢いが激しくなった結果の反動として出てきたのがQアノン、という文脈ですね。

 これは本書でも触れましたが、アメリカでポリコレに類するものが出てきたのは90年代初頭で、クラレンス・トーマスという保守派の判事を最高裁に任命するときの公聴会においてリベラルがセクハラ疑惑で彼を糾弾しました。その翌年にビル・クリントンが民主党の大統領候補として選挙戦に臨むにあたり女性スキャンダルが浮上しましたが、リベラルはこれに対してだんまりを決め込んだ。この掌返しにリベラル以外の人たちはうんざりした、ということがありまして。ちなみに今の日本でもリベラルのあまりにも露骨なご都合主義にみんなうんざりしてきていますよね。

 掛谷 リベラルのダブルスタンダード的な態度は過去の大統領選にも表れていますね。これはベン・シャピーロの分析の引用ですが、バラク・オバマが大統領選を戦った2008年と2012年の共和党の候補はジョン・マケインとミット・ロムニーでした。このふたりは共和党支持層からみても非常にいい候補者で、人格的にもトランプとは正反対です。この両名は選挙戦で正々堂々とオバマの政策批判をして戦ったのですが、対するオバマは徹底的に対立候補の人格攻撃を仕掛けた。その結果人格攻撃の方が勝った、と。だから共和党は2連敗した反省からトランプを候補として擁立し、民主党の十八番である人格攻撃で対抗して勝つことができた。その戦法に出たからトランプは余計リベラルに嫌われているんじゃないか、とも私は見ています。

 内藤 ようするに今までリベラルはやりたい放題だったんですよ。なぜ共和党がオバマに対して人格攻撃出来なかったというと、彼がアフリカ系でオバマ個人に対する攻撃をあたかも人種差別だと読み替えて逆発信されてしまうリスクがあったからです。トランプの場合そのへんの制約を取り払って戦えた、という面はありますね。

 トランプに関して付け加えてお話すると、これも本書に書きましたがアメリカはお国柄、自己啓発の精神が非常に強くてですね。そのメンタリティに基づいて努力をすれば必ず成功出来る、という信念を徹底できる人間でないとアメリカではリーダー、ひいては大統領候補にすらなれないわけです。トランプはそのモデルを突き詰めて強烈にしたキャラクターだといえます。

 掛谷 自己啓発の精神性というのはキリスト教の預定説にも深く関わっていますね。

 内藤 あとは彼の風貌ですよね。金髪白人男性で割とマッチョ、このイメージは失われつつある伝統的アメリカ人像とマッチしていて、ある種の郷愁をそそるわけです。マチズモ自体、今はネガティブに言われることが多いのですが、かといってそのイメージに紐付いた伝統的価値観を一気に払拭できるかといえば無理なんですよ。それはあくまでアメリカ北部のいわゆるエスタブリッシュメント側の人たちが否定しているだけで、南部で暮らす普通の人たちからすれば到底受け入れられない。この構図を指してアメリカの分断だとリベラルは主張しますが、元々違うものを無理やりくっつけたことによる軋轢の面の方が強いです。民主党やリベラルの人たちは分断の解消を声高に唱えますが、内実は分断の解消ではなく自分の気に入らない言論を差別だなんだとレッテル貼りして反対意見を圧殺して分断をなかったことにしようとしているだけです。こういったリベラルに圧殺された側の意見や背景というものを丁寧に見ていかないと、社会の本質は見えないですよね。

 掛谷 日本人が見るアメリカは北部中心というか、エスタブリッシュメントなバイアスのかかった情報が大半です。私がアメリカにホームステイしたときはバリバリのクリスチャンのお宅にお世話になりましたが、食前に家族揃ってお祈りするのが日常という家庭でしたね。このようなキリスト教に根ざした伝統的なアメリカ像はなかなか伝わってきにくいのが実情で。そこを見落とすからリベラルやポリコレが嫌いな人たちの言い分がわからないし、それが極端化したQアノンという特殊な現象も見えてきにくいわけで。

 内藤 逆に言えば非常に尖っているQアノンからアメリカ社会の別の一面が見えてくるともいえますね。

 ちなみにこれは日銀審議委員の安達誠司先生の発言ですが、トランプという人はアホを最大限に利用して大統領に当選したのだけれども、アホを切り損なって自滅した、と(笑)。身も蓋もない表現ですが、今回の事象をよく表しています。アホというのはQアノンに流されたトランプ支持者のことですが、もしトランプがプロの政治家として8年間大統領職を全うするのであれば、いつかはそういう支持者たちを切る決断が必要だった。それが出来なかったのも彼の政治的素人たる所以といえるかもしれません。

 掛谷 去年のBLM騒動のときにトランプは「Law and Order」と連呼していましたが、1月6日の一部過激なトランプ支持者による議事堂襲撃が起きたことによって自分で破ってしまった。これはさすがにまずかったですね。

 内藤 リチャード・ニクソンが使ったフレーズをトランプも使ったわけですが、双方晩節を汚したという点でも同じなのは皮肉ですね。それゆえ彼の実績が冷静に評価されるようになるためにはもう数十年待たなければならなくなりました。ただ我々のように是々非々でトランプを評価する人間がいる反面、リベラルなんかは価値観が相容れないという理由で徹底的に彼の業績を認めようとはしないでしょうが。とはいえ客観的に見て認めるべきところは認めないと、という穏健な物言いにしかならないから、刺激不足で結局リベラル側に力負けしちゃうんですけどね(笑)。


Qアノンを受け入れた日本の土壌


 内藤 先ほども少し触れましたが、なんで日本の一部保守系にQアノンが受けたのか。これ自体は非常に大きなテーマでして、実はこの部分を掘り下げていけばもう1冊本が出せるほどです。同盟国とはいえ、なんでよその国の大統領選でここまで熱くなれたのか。この前提になる今の僕の考えを本書の最終章でも簡単に論じましたが、基本的にどんな制度もどんな思想もその社会に受け入れる土壌がないと根付きません。たとえばキリスト教やイスラム教といった一神教がなぜ日本で大多数にならないのか。それは理屈としてこれらの宗教の教義や価値観はわかるけど、感覚的に受け入れる素地がそもそもないからです。だから日本全体でみてもだいたい1%くらいの割合で常に推移しているのですね。

 Qアノンというものも元々はキリスト教的なエッセンスが散見されるので土壌という点では同じなのですが、それでも日本のごく一部には受け入れるだけの素地が出来ていったのも事実としてはあって。それは先ほど掛谷先生のお話に出た「ディープ・ステイト(闇の組織)」が世界を牛耳っている、という陰謀論がにわかに信憑性をもって広まっていったことに起因します。この「ディープ・ステイト」的なお話はそれこそ月刊雑誌「ムー」(ワン・パブリッシング)の中とかでエンタメ的に語られていれば可愛いものだったのですが、それがここ数年、急激に保守系の論者の間で喧伝されるようになりました。このきっかけを作ったのが元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏です。馬渕氏は2014年、ロシアによるクリミア併合事件がきっかけで以来保守論壇に重用されるようになりましたが、この件に関する彼の言論はうなずける部分が多々ありました。その彼が次第に「ディープ・ステイト」の存在をほのめかすようになり、そこに保守系の人たちが飛びついていった。

 保守系の人たちというのはもともとアンチ・グローバリズムの傾向が強くて、自分たちが大事にしている伝統的価値観がグローバリズムに飲まれようとしている危機感の背後に、世界を裏で操っている陰謀組織がある、と考えた方が彼らとしては逆に安心できる面があるんですよ。話はズレますがリベラルの人たちもグローバリズムは嫌いですよね。リベラルの場合はGAFAのような既存の国際的巨大企業への反発という要素が大きいのですが、彼らはそれに対抗するために自分たちで違う形のグローバリズムを形成しようとするので、ある意味別の「ディープ・ステイト」を作っているとも言えるのですが(笑)。

「ディープ・ステイト」に関する情報は馬渕氏を起点に多数の論者から日本の保守系YouTubeチャンネルの「チャンネル桜」や、「ChannelAJER」などで無批判に発信され続けた結果、これらの番組の視聴者を中心に周知され土壌ができていきました。さらに今回の米大統領選関係の真偽不明の過激な情報が上乗せされQアノン現象が日本でも表面化した、というのが今回の基本構造ではないでしょうか。Qアノンにハマるような人たちはネットやSNSで自分好みの情報しか見ないというのもクラスター化に拍車をかけましたね。馬渕氏はQアノンに関して特段情報を発信したわけではありませんが、僕は彼について二・二六事件と北一輝の関係のようなものだと見ていて、今回の件における罪深い存在だと思っています。

 掛谷 なるほど。もう一点、私が日本でQアノンが受けた理由として日本人の言霊信仰に由来するものがあったのではないかと見ていまして。「トランプが絶対勝つ」以外は口にしてはいけない空気感が強かったといいますか。

 内藤 それ以外のことを口にするのは縁起でもない、と。確かにトランプを応援する側の論調にも温度差がありましたね。僕らのように「敗色濃厚だけど勝ってほしい」と陰謀論にハマった人たちによる「絶対に勝つ」で。後者は思いこみが強すぎて、それこそ入試前に願書を出した時点で受かった気になっているようなものですよ(笑)。

 掛谷 これは保守や極端なトランプ支持者にかぎらず、リベラルの護憲論にも当てはまると思っていて。戦争を想定しなければ、自国が軍隊を持たなければ戦争が起きないというのも言霊思想でしょう。Qアノン自体はキリスト教的な文脈が散りばめられているのでアメリカには受け入れる土壌がすでに備わっていましたけれども、かたや日本の場合は社会の素地になっている言霊信仰にうまくハマったような印象があるんですよね。結局、日本人は第二次大戦の頃から負けることを織り込んで物事を考えるのが苦手で。昔からなにも変わっていないんだな、と(笑)。

 内藤 これはすべてのことに言えるのですが、勝負事に挑む際は和戦両様の構えが必要ですよね。

 掛谷 実はこれから取り組もうとしている課題に、日本のトランプ支持の著名人が発信した去年10月までの大統領選に関するツイートから言語機械学習の仕組みを使って陰謀論にハマった人とハマらなかった人が割り出せるか検証しようと思っているんですよ。10月までの投稿でしたら似たりよったりの内容ですので、その情報を元にどれだけ予想できるかという試みで。成果でたらお伝えします。ちなみに内藤先生は陰謀論にハマりやすい人の傾向をどう分析していますか?

 内藤 陰謀論にハマりやすい人はとにかく他者の視点や反対意見を受け入れませんよね。面白いことに我々のようにトランプを支持しつつも敗北を素直に受け入れた人たちに対して、陰謀論の人たちはなぜか最初からバイデン推しをしていたと見なして噛み付いてきましたが、我々のスタンスとしては現実問題バイデン政権に移行することが決定的なのだから、次のことを見据えて備えていこうという意見だっただけで。現実的な意見に耳を塞ぐのは言霊信仰に依るところでしょうし、あとは気の合う仲間同士で固まっていたいという気持ちも強かったんじゃないかな。

 今回、保守派の著名人たちも陰謀論に傾注していったこともあり、その人を中心にグループができていきましたよね。あたかもネット上のファンクラブ的な密な関係が生まれて。その空間内でスターは自分を推してくれるファンの声援に応えようとどんどん意見を尖鋭化させ、ファンがそれを拡散してクラスター化していった、という図式でした。それがさらに過激化した先にあるのがカルト集団なのですが、幸い日本ではカルト化まではいきませんでした。

 掛谷 本家アメリカのトランプと支持者の関係もこれに近い図式でしたよね。