俳優・三浦春馬からの<継承>

三浦春馬著『日本製』(ワニブックス)を巡って

対談=田中秀臣×森永康平

PART3

三浦春馬の哲学

 田中 三浦さんの取材に対する姿勢ということでいえば、本書の全編を通して垣間見える俳優ならではの着眼点も面白いポイントでして。各回に必ず1枚、三浦さんが取材先で撮影した写真が掲載されていますが、特に生産者側の人たちの手元に焦点をあわせている印象を受けました。わかりやすい例でいえば、東京の回に出てきた佃煮屋さんの写真。これなんかは取皿に佃煮をよそう手元に焦点があっていますね。

 森永 確かに、佃煮をテーマにしているんだったらお皿に盛り付けた佃煮だけを撮ればいいし、人物に重きをおくならまず顔を写そうとしますよね。

 田中 あと奈良県の甍(いらか)職人の写真、これは作業している腕全体を収めていますが、やはり手元の動きに注目しているんですよね。彼の撮影した写真からうかがえる身体性への着目は、俳優としての自身の肉体の使い方、見せ方への意識の裏返しだったんじゃないかとも思えます。

 森永 なるほど。

 田中 また現地取材にあたって「先入観を持たない」、という彼の心構えにも興味を持ちました。本書中にその意識をうかがわせる一節があります。

[相変わらずまだ先入観にとらわれていたなと反省したのが、継承というイメージから、親子であったり、先祖代々で技を引き継いできているのではないかと、勝手に決めつけてしまっていたこと。](本書23頁)

そう述べているんですよ。まずデカルト的思考に立ち、先入観を排して自分を無にして、現場では素直な目で見ていこう、という態度をとろうと心がけているんです。この考え方って実は彼の演技論とは異なるというかむしろ真逆の態度なので、だから余計に面白いんですよ。演技者としての三浦さんは自分を無にせずに、自分のエゴを保ちながら演技の対象と対峙する、という姿勢だったと思います。例えば特定の役を演じる際に、作品中には描かれないその役の架空の人生、どのように生まれてどんな家族と育って作中の現在に至るのか、というところまで詳細に作りこむハリウッド俳優がいるじゃないですか。演技者・三浦春馬はそのタイプに近い。一方で、本書の巻末に収録されている「三浦春馬ロングインタビュー」で稽古をしていた居合を軸に武士道についてまで話を展開していますが、このあたりはどちらかというと無を求道する立場に近いのかな、とも感じましたけれども。

 この巻末のインタビューもかなり読み応えがある内容でして、ここで三浦さんは独特の俳優論を展開しているんですね。

[俳優って、“人が優れる”とも書くというところから、優れた人がなるように言われることが多いように思います。でも、僕は本当にそうなのかなと思っていて。これは僕の勝手な持論ですが、人の非なる部分をちゃんと知り得ているから、人として優しかったり、優れていると言えるのかなと思うところがあって。その両方を持っている人や、しっかり向き合える人が俳優として、人の心を打つ表現を生んでいけるのではないかと思うんです。](本書394頁)

と語っていて、相変わらず言語過剰だな、と(笑)。

 ちょっと意表をつくような話をしますけれども、彼の思想的なベースって実はブルース・リーと似ているんじゃないかと考えているんですよ。ブルース・リーの思想性を形成しているものの1つに心理学者のC.R.ロジャーズが説いた「自己実現」があるんですが、三浦さんにも「自己実現」的な発想で自身の仕事をとらえているふしがあります。そのことをうかがわせる一節も巻末インタビューの中にありまして、

[僕は自分がした経験……喜ばしいことだけじゃなく、つらかったことや苦しかったことも俳優の仕事として昇華していくしかない。しっかり向き合って表現していくことしかできないと思っています。](本書394頁)

[もちろん絶望的な状況に思えても「その先には光がある」と希望を伝えることだって出来たりする。(岸谷)五郎さんが「(演劇は)啓蒙(けいもう)、啓発なんだ」とよくおっしゃるけど、映画やドラマも実はそういうものでもあるんだよなって。](本書396頁)


と述べていますが、最終的には通常の人間が到達できない領域を目指していこう、という意識の過剰さすら感じられますね。個人としてのつらさや苦しさを克服し、上位の意識のステージにあがっていこうと克己する。自分を超えた至上の価値、ここでは岸谷五郎さんの言葉を借りて、「啓蒙」「啓発」として表現されてますが、その担い手になることを目標をおいて、そこに向かって理詰めで目指していこうという姿勢なんです。その過程で本書中に垣間見える身体性への着目であるとか、居合などの武道に対する理解を経て、自身の肉体をより高い次元で構築していくための研鑽を怠らない。ここまでいくと三島由紀夫的な印象すら受けますね。彼が至上の価値を目指していく途上で自己実現につながる重要なきっかけを与えたのがこの『日本製』の全国取材だったんだろうな、ということが伝わってきます。


『日本製』の中の三浦春馬

 田中 本書の巻末インタビューでもこれだけ語っている三浦さんですが、2019年に出演した舞台「罪と罰」のインタビューも相当すごくて。特にWEBメディアの「WHAT’s IN? tokyo」のインタビューなんて、言語過剰を通り越して哲学者レベルですから(笑)。

 これほどまでに複雑な思考の上に構築された三浦春馬ワールドがあることが『日本製』を糸口にしても見えてくるんだけれども、三浦春馬総体については未だに誰も注目していないし、気付きもしなかった。そこは彼にとって不十分な評価であっただろうし、常に不満を抱えていたのではないかな。俳優としての高みを目指して思考し行動していたにも関わらず、周囲からは一貫してアイドル性、イケメン俳優としての扱いを受けていて、自他の意識が完全にズレてしまっている。

 森永 僕なんかは羨ましいと思ってしまう部分なんですけれども、見た目がいいゆえにそれだけを見られてしまうのは大きなジレンマなんでしょうね。確かに俳優になれたきっかけの1つにルックスのよさという外見面の評価もあったのでしょうけれども、年齢を重ねていくなかで一職業人として哲学・考察を深めていって、ある種職人的な振る舞いが出来るようになったら、評価してもらいたいのは仕事そのものや、内的な姿勢でしょうし、批判をしてもらいたい部分でもあると思うんです。でも世間はどうしても表面的なルックスだけしか見てくれない、というギャップに苦しんでいたかもしれない。逆に表面的な評価によって今の自分が存在している部分があるとも言えて、そのゆらぎはもしかするとほとんどの芸能人の方に共通している悩みのような気もしますが、そのギャップをどう解消していくのか、難しい問題ですよね。

 田中 ちなみ三浦さんは2015年刊行の『ふれる』(マガジンハウス)という写真集のインタビューで、まさに今森永さんがおっしゃったような表面的な評価と内面的なもののズレというかゆらぎをここでも言語過剰に語っているんです。そういったことも含めて彼の全体像を解き明かす人が出てくることを期待していますけれども、ただどう考えても早すぎましたね。

 森永 三浦さんの場合、30歳ですからね。でも彼に限らず考えすぎる人って自分の世界に入り込んでしまうから、スイッチが入るときも急なのかな、って。このことについては個人的に思うところがありまして。こういった結末を選択することについて一般的にはどんどん元気が無くなり、人との付き合いも絶っていって、いずれは……、と周りも察するような段階を踏んでいくことが想定されるでしょうけれども、実際はそこまでわかりやすい兆候は見えないんですよ。1人で考え込んでしまう人は、自分自身の世界観が強すぎるために、ある時、ふとした瞬間にパチッとスイッチを入れてしまう。だから周囲からすると、「なんで?」って。

 田中 僕が30歳になった時は、社会人を辞めて大学院に入り直したばかりだったから、これから自分がどうなるのかさえわからなかったです。そういった意味では、三浦さんなんて未来が限りなく広がっていたはずですよ。

 経済学者的な視点で論じれば、新型コロナの影響で失業が増えて、雇用状況が悪化し、社会的な地位が不安定になることによって、男女ともに、特に女性の自殺が増えていることが明らかになっています。いわゆる絶望死のような状況ですけれども、これが世界的に蔓延しだしているというデータを目にしているわけで。三浦さんもそういった状況の犠牲者なのかなと安易に考えてしまうふしもあるんだけれども、直前までの彼のインスタグラムを見てもネガティブな印象は受けなかったので余計に驚きを隠せませんでした。

 それにこの『日本製』の中の三浦さんからは一切破綻の影が見えず、むしろ前向きな彼の活躍をたくさん目にすることができるし、本当に日本が好きだったんだなあ、ということが存分に伝わってきます。それに取材先で若い人たちと交流出来たときなんて、明らかにはしゃいでいる様子ですし。旅先で出会った同世代の頑張りを知り、お互いに頑張ろうとエールの交換をしていて実に微笑ましいです。だから、これからこの本を読もうと思った方は彼の人生の結末を一旦脇に置いて、前向きな三浦さんの活躍と、日本ってすごくいいところがたくさんあるじゃん、といった部分に注目しながら素直な目線で読んでほしいですね。

 森永 そうですよね。繰り返しになりますけれども、日本の伝統工芸、最先端技術、食文化、芸能など本当に多くのジャンルをこの本では触れてくれているので、様々なものに精通する素晴らしさをこの本から学ばせていただきました。それに、三浦さんの自分が好きなもの、興味のあるものに対して自然体で向かっていこうとするフラットな姿勢は日頃から経済学をやって凝り固まった形から入りがちな我々の方こそ学ぶことが多いですよね。
本書を通じて実際に行ってみたいと思うところがいくつも見つかったことも大きな収穫でした。

 田中 僕は大分県の回に出てくる白水鉱泉の天然の炭酸水をぜひ飲みに行ってみたいな、と思いましたよ(笑)。(おわり)

★たなか・ひでとみ=上武大学ビジネス情報部教授、経済学者。専門は日本経済思想史・日本経済論。著書に『経済論戦の読み方』『デフレ不況』『増税亡者を名指しで糺す!』、共著に『日本経済再起動』など。1961年生。

★もりなが・こうへい=金融教育ベンチャーの株式会社マネネCEO、経済アナリスト。現在は複数のベンチャー企業のCOOやCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。著書に『MMTが日本を救う』、共著に『親子ゼニ問題』など。1985年生。