経済危機、人びとの思惑と行動

『金融危機の行動経済学』(日本経済新聞出版社)刊行を機に

対談=田中秀臣×森永康平

Part3



コロナ禍経済を考える

 森永 本書では一貫して投資家や、金融機関、中央銀行のリスク予測の甘さがリーマンショックにおける被害を拡大させたと主張していますが、僕は今回の新型コロナ対策にも同じことがあてはまるのではないかと思っています。

 例えば企業に対する無担保・無利子融資を従来よりも通りやすくしましたよね。この政策自体はよかったのですが、これはあくまで借金なのでどこかのタイミングで返さなければならない。仮に新型コロナが3ヶ月くらいで収束したのであれば、流動性を増す上でも有効な政策として評価されたかもしれないですが、1年経った今でも昨年と状況が変わっていないどころか変異株という新たな危機も出てきた。その上で再三にわたり自粛を要請されているので企業の売上が伸びないなか、昨年の融資の返済が始まっているので、これはやはり新型コロナに対するリスク予測の甘さゆえではないか、と。本書に書いてあるリスクを甘く見積もる癖が今回のコロナショックでも見られたように思いました。

 田中 僕は今回のコロナ禍をフランク・ナイトの不確実性、つまり確率で測ることができない事象だと当初から見ていました。だから感染拡大がいつ終わるのか、それとも再拡大するかしないのか、それすらもよくわからない。不確実性の状況のなかで人びとはリスク中立的な立場をとります。ですからリスク回避的な水準よりも高いレベルの手元流動性を供給しなければゲームや取引には参加しないという面がありますね。だから政府はなるべく民間の主体にできるだけすみやかにたくさんのお金を出すことが重要なのです。そのひとつの政策に今、森永さんがおっしゃった無担保・無利子融資がありますし、ほかにも劣後ローンなどの融資スキームと各種給付を組み合わせて対応したわけです。しかし融資を利用した多くの人たちは来年の春先には収束するだろうとある種楽観的な認識で償還期限が1年間くらいの短期融資を利用したため、今返済に追われる事態になっているのです。

 先日呼ばれた講演会での話ですが、出席していたある国会議員の方は、今回の経済的ダウンは政府が人為的に引き起こした結果で、民間企業に原因がないにも関わらず借金を抱えることになり事業者が苦しむのは本末顛倒である、だから民間の借金を政府が棒引きできないか、とおっしゃっていてそれも一案だと思いました。民間が抱えている負債を政府が補助金のような形でキャンセルアウトする、という対応が考えられるでしょう。あるいは貸している側が肩代わりするのもありで、もともと日本銀行が公的金融機関を中心にしてお金を出していますから、日銀が債権を持っているのと同義です。だから辻褄をあわせて債権、負債関係を日銀が肩代わりしてチャラにする、ということも検討できるでしょう。いずれにしても今の高借金経済をどうするかは今後の大きな課題です。

 森永 よく今回のコロナショックによる経済への打撃とリーマンショックによる経済的影響が比較されますが、リーマンショック自体はあくまで市場メカニズム内の出来事なので、どこかの時点でマーケットがアンダーバリューだと気づいた余力のある人がリスクテイクをし、買いに動きます。だから時間はかかるけれどもやがて元に戻っていくのですね。マクロ的に言えば安倍政権が始まるまで失業率などの数字はボロボロでしたが、株価の動きだけを見ると2009年の春先くらいには底打ちはじめたことが確認できます。一方、コロナの場合はそうした市場メカニズムの外側で起きている事象ということもあって、判断がすごく難しい問題です。これだけ感染者が増えたからあとは収束していくだけ、というウイルスのメカニズムがあるわけでもないので、ある意味リーマンショックのときより取るべき政策が難しい。

 田中 そうですよね。

 森永 もうひとつ、今回のコロナに対する人びとの価値観がバラバラだというのも判断を難しくする要因ではないか、とも思っています。市場メカニズム内のマーケット参加者でしたら、投資をして利益をあげたいという一致した価値観があって、マーケットがアンダーバリューの水準まで下がったら余力があり次第絶対買う、という相場観で動きますけれども、この病気に関しては価値観がまったく統一されていないじゃないですか。例えばマスクをする意味はないし自粛も必要ない、という意見の人もいれば、2週間の完全ロックダウンは必須である、という人もいます。同じ日本国民でかつ大半のデモグラフィーが一致している人同士であってもこのように意見が真っ二つなので、ひとつの政策で国民全体のコンセンサスをとるのはきわめて難しいな、と。マーケットの世界だったら絶対にそんなことはないんですけどね。

 田中 結局シュライファーたちは相変わらず市場中心のスタンスですから、現在のコロナ禍における経済危機の議論にそのまま使えない難点があります。シュライファーたちの考察は市場のリスクが判明していても、人びとはその評価を繰り返し間違う、ということですからある意味制御しやすい問題です。本書では政策的対応は今後の課題としていますが、それでも市場動向に関する期待のデータを収集することの重要性を指摘しています。ネットなどでのビックデータを解析することも重要でしょうね。いずれにせよ、試行錯誤はあるでしょうけど、政策の方向性はいくつかの筋道が見えています。しかしコロナの場合は市場外で起きた不確実性の現象なので、このような不可知の事象において人びとがどう動けばよいか、という部分の決定打がまだ見つけられていません。だからといって手をこまねいて諦めるわけにはいかないから経済学者としてはまず市場でできることが何かということをしっかり考える必要があって、感染拡大を防ぐため経済を動かしにくい今はとにかく流動性を潤沢に供給して人びとの生活をある程度維持しつつ、将来収束した段階で積極的な景気刺激策をとって経済をフル回転させるべきである、ということは引きつづき言っていこうと思います。


経済と安全保障

 田中 ところで今、日本人投資家による海外投資が増えているそうですね。流動性がたくさん供給されて余力のある人たちがどこに運用先を求めているかといったら自国株ではなく外国株で。

 森永 そうですね、今はやはり米国株が人気です。これは世界の構造が大きく変わってきたという要因もありそうです。一昔前でしたら車はトヨタ、家電は東芝やシャープといった日本メーカーの強さが際立ちましたが、今はスマホはApple、調べ物はGoogle、SNSはFacebookやTwitter、買い物はAmazon、娯楽はNetflixと人びとが使っているサービスの大半がアメリカ企業が提供しているのです。世界的にみても今はアメリカ企業のほうが稼げているので、今後も成長の期待感はあります。その反面、かつて隆盛を誇った日本企業は落ち目で、東芝に至っては外資系ファンドの手に渡りそうになっているわけですし(笑)。指数的に見てもNYダウやS&P500のスコアは1970年代から現在にかけて35倍くらいに膨れ上がっているのに対して、同じ時間軸で見た日経平均は10倍ほどの上昇率です。ヒストリカルのデータだけでも投資をするのに十分な担保になっているので、内実を見ずにとりあえずアメリカに張っておいた得だと考えていている傾向があり、それは楽観的というよりある意味浅はかなスタンスのようにも映ります。

 田中 それを考えるとシュライファー的な信用サイクル、悪いニュースで期待が大きく変化するという話はヒューリスティックに行動しているアメリカの方がかえって起きやすそうですね。

 森永 そうかもしれません。ではなぜアメリカの株価がこれだけ上昇しているかというと、実は3割くらいは自社株買いの影響です。だから必ずしもアメリカ企業が素晴らしいかというとそうでもなくて。

このあたりの日本人投資家の心理は田中先生の新刊『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)で書かれた話にも通じるのですが、いまだに日本人は敗戦国根性というかアメリカ万歳的な精神を引きずっている。それがまさに田中先生が論じたGHQ史観の表れなのだと思いますが、投資家も自社株買いによる株価の押し上げというテクニカルな面にまではあえて踏みこまずに、単純にアメリカがすごいという価値観だけで米国株を買っている。このあたりはヒューリスティックとは異なる次元の、まさにGHQ史観そのものだと感じています。

 田中 僕の本の宣伝もしていただいてありがとうございます。この部分は必ず収録していただいて(笑)。

 森永 とんでもないです(笑)。

 田中 GHQ史観に加えて中国の成長神話も根強いですよね。それを考えると日本人はもう少し頑張ろうよ、と思わず精神論が口に出てしまう(笑)。

 森永 中国脅威論も最近はよく耳にするようになりましたが、これまでのヒューリスティックな考え方、中国は世界の工場でアジアの安い労働力が集う国である、という20年前の認識のままだったらリスク認識は相当甘い。今はすでにゲームチェンジが起きて、3年もすれば中国のGDPはアメリカを超えるという推計も出ていますし、実際にドンパチでもアメリカが中国に負けるというシミュレーションもあるくらいなので。だから一昔前の日本人的発想、中国は武力侵攻するわけがないし、仮に何かあってもアメリカが守ってくれるというまま安全保障を考えていたら近い将来、日本でブラックスワンが起きるでしょう。逆に中国からすればそれはブラックスワンではなく、数十年前からの計画に則ったただのホワイトスワンですよ。手始めに香港に手をつけ、次は台湾、そして尖閣に手を伸ばすのは当然の発想です。平和ボケの日本人はいまだに差し迫った危機に気づかず、外生的なショックが起きてようやく……といったところですかね。現状、今の僕の話はただの陰謀論だと片づけられるでしょうけれども。

 田中 あと日本人には中国共産党と民間の経済交流は別、という発想が根深く残っていますが、それはもはや通用しないと思うんですよ。「おはよう寺ちゃん」(文化放送)の中でも話しましたが、今の日本政府は経済と安全保障を一体化して考えるというコンセプトを強く押し出そうとしていて、例えば楽天とテンセントの結びつきに対しても安全保障の面から監視する動きになりました。トランプ政権から続くアメリカの姿勢も影響しているでしょうが、それは正しい判断だと思います。

 最近は中国船による尖閣諸島への領海侵犯が恒常化していますし、サイバー空間での衝突、SNS 上のプロパガンダ、あるいは宇宙空間にまで視野を広げると、これは経済、政治すべてに絡んだ総力戦をやっているようなものですよ。昔のような宣戦布告はないし、国交の断絶や、具体的な武力衝突といったわかりやすい事象がないからみんな気づいていないだけで、はっきりいって事実上の戦争中です。これはすでに政府だけの問題ではなくて官民あげてしっかりと向き合わなければならない段階でね。総力戦といっても差し迫った生命の危機はなくて、かといって誰も命を取られないまま気づいたら日本が王手飛車取りの詰みになってしまったらいよいよマズイ。だから最近はこのあたりの問題意識が特に高まっていますね。(おわり)


★たなか・ひでとみ=上武大学ビジネス情報部教授、経済学者。専門は日本経済思想史・日本経済論。著書に『デフレ不況』『増税亡者を名指しで糺す!』『脱GHQ史観の経済学』、共著に『日本経済再起動』など。1961年生。

★もりなが・こうへい=金融教育ベンチャーの株式会社マネネCEO、経済アナリスト。現在は複数のベンチャー企業のCOOやCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。著書に『MMTが日本を救う』『いちばんカンタン つみたて投資の教科書』『誰も教えてくれないお金と経済のしくみ』、共著に『親子ゼニ問題』など。1985年生。