保守もリベラルもQアノンも

『誰もが知りたいQアノンの正体』(ビジネス社)刊行を機に

対談=内藤陽介×掛谷英紀

Part3




陰謀論にハマった保守系ベストセラー作家


 内藤 前作『みんな大好き陰謀論』(ビジネス社)を書いたことや、今回のように陰謀論を巡る話しているとよく誤解をされるのですが、僕は決して陰謀自体を否定しているわけではないんですよ。陰謀というのは世論誘導や世論工作といった形でいたるところに存在しています。そうやって工作を仕掛けてくる外国勢力からすれば、今回日本で陰謀論にハマった人ははっきり言ってチョロいですね。どうやれば引っかかるか、手に取るようにわかったことでしょう。

 掛谷 チョロかったのが匿名の一般人だったらまだ影響は軽微なんですけど、ハマった著名人の代表格が某保守系ベストセラー作家だという(笑)。

 内藤 百田尚樹氏ですよね。確かに彼は売れっ子作家ですが言われているほどの社会的影響力はあるのか、僕には疑問なんですよ。

 掛谷 百田氏は最近、幸福実現党や日本第一党の人を自身のYouTube番組に呼んだりして間接的に応援しているような形じゃないですか。それが次の選挙でどれだけ作用するかがひとつのものさしになる気がしています。

 内藤 それもほとんど影響はないでしょうね。もし仮にいずれかの党で一議席を取れるようなことになったら、それは単にそれらの政党自体の足腰が強くなっただけの話ですよ。むしろ百田氏は彼らのコアなファン層に便乗している節すら見えます。

 掛谷 なるほど。

 内藤 今、百田氏は保守のスターのような扱いを受けていますが、そもそも彼に明確に保守思想があったかどうかも疑わしいと思っていて。彼は代表作『永遠の0』(講談社文庫)内で単純素朴に戦前のすべてが悪かったわけではない、ということを書いただけなのに、まったく的はずれのリベラルから戦争美化だと批判された一方、保守サイドからは祀り上げられてそのまま保守論壇の人間関係に引っ張られていったのが実態だろうと私は見ています。

 保守側からすれば石原慎太郎以来の文壇的スターじゃないですか。そしてスターは現在のところ彼しかいないということもあり、余計ちやほやしている部分もあって、本人も満更ではない感じですよね。多分おだてられるのが好きな人なんでしょう(笑)。だから異なる意見の人から冷静にたしなめられると逆ギレしてしまうところもあって。そういう性格が透けて見えるから、言われているほど世間的な影響はないだろうな、と。

 掛谷 それはなんとなくわかりますね(笑)。

 内藤 もう少し付言するならば、百田氏の小説ってつまらないですよね。これは決してくさしているわけではなく、あくまで文芸評的にみて面白くないという意味で、その理由は明確なんですよ。百田作品は映像映えするのですが、活字で読むとすごくつまらない。なぜかというとストーリーが淡々としていて、文学的余白に欠けているからなんです。実はこの特徴は宮尾登美子さんの小説にも同じことが言えるんですよ。掛谷先生は宮尾登美子作品を活字でお読みになったことはありますか?

 掛谷 いや、私はないですね。

 内藤 根っからの読書好きの人間が小説作品を読むときは、自分の頭のなかで登場人物のキャラクターを設定したりしながら、物語世界を膨らませて自由に作品を楽しむものなんです。たとえて言うならば飛行機模型を作るときに、材料の木を削るところからはじめて自分好みの造形に仕立てていくような感じですね。ところが百田作品や宮尾登美子作品というのはプラモデル的な構造になっていて、順を追って読み進めれば必ず同じ像が浮かんでくる。読んだ全員が同一のイメージを共有できる仕立てになっています。ただプラモデルづくりには自分の好きなように色を塗ってアレンジができる楽しみもありますので、映像化の際には物語の基本構造を外さずに、作り手独自の味付けができる。その面白さが映像クリエイターたちを惹きつけるんでしょう。それに昨今、プラモデルづくりのような読書を望んでいる人たちが多いこともあって百田氏の作品は商業的な成功をおさめましたが、僕のように無垢の木を削るところから小説を味わいたい人間からすると読む楽しみに欠ける。だから彼の作品はあくまで放送作家がつくる放送台本やプロットのようなものとしてしか見れないんですよ。

 掛谷 たしかに彼の作品がそういう具合に見えるっていうのは納得できます。

 内藤 そうは言いながらも、作品自体はよく出来ているとも思っていて。これはありえない話ですがもし百田氏から自身の作品評を頼まれたら、「僕の考えている小説のあり方とは違うけれどもいい作品だと思います」と言います。それを端からあなたの作品はつまらないですよ、なんて言ったものならその瞬間に激怒して以降はまったく聞く耳を持たなくなるでしょうね(笑)。



新型コロナウイルス発生起源と陰謀論

 掛谷 Qアノンの話題から少し逸れますが、去年お会いしたときに私が今取り組んでいる新型コロナウイルスの起源研究の話をしたじゃないですか。新型コロナは武漢の研究所で人工的に作られたものだという。

 内藤 そうですね。

 掛谷 新型コロナ人工ウイルス説が言われはじめたころは、国内外の研究者から陰謀論扱いをされました。我々の共通の知人である経済評論家の上念司さんなんかも当初は人工ウイルス説に否定的でしたが、科学的知見をもとに人工説の可能性を説明したら天然説と人工説の両方を考慮してくれるようになりました。私は彼ぐらいのスタンスが正しいと思っています。生物学の専門知識がなければそもそも私の学術的見解の信憑性を測ることはできないので、私ひとりの意見を鵜呑みにせずにあくまで参考にする程度で結論を留保する、という態度の人の方が陰謀論にはハマりにくい。逆に陰謀論にハマる人は性急に結論を出したがりますが(笑)。

 内藤 陰謀論にハマる人は「必ずしもそうは言えない」という曖昧な物言いをすごく嫌うというか。これは右左問わず極端な意見の人に見られる傾向だと思います。

 掛谷 もともと生物学を専攻していたこともあり今回新型コロナの起源を調べはじめたのですが、この件に関する論文は50本以上読んだと思います。現在の専門の論文よりも今はコロナ関係のもののほうを多く読んでいるかもしれないですが(笑)。あとは月に1回、私同様、新型コロナの起源を探っている世界中の研究者たちと毎回4時間ほどオンライン・ミーティングをして意見を交換しています。

 現在の我々の見解では、新型コロナウイルスは高確率で遺伝子組み換えが施された人工物で、何らかの形で武漢の研究所から漏洩したものである、ということでほぼ一致しています。決定的な証拠はまだ出ていないので100%断定とはいきませんが。

 最近ではアメリカの世論もこちらの説に傾いてきていて。5月上旬に著名な科学ジャーナリストのニコラス・ウェイドが新型コロナウイルス人工説を強く示唆する長編記事を発表し、あるいは「サイエンス」誌にも漏洩の可能性も含めて調査すべきだ、という18人の研究者によるレポートが掲載されたことが大きな要因ですね。こういった流れを見るとアメリカ人も案外権威主義的なところがあって、「サイエンス」誌の影響は絶大だな、と(笑)。

 内藤 「サイエンス」誌にも載せられるだけの十分なデータが揃ってきたことの裏付けとも言えますね。

 掛谷 新型コロナウイルスによって世界中で300万人以上の人が亡くなりましたが、もしこれが人工的なもので、なおかつ研究所から漏れたにも関わらずその事実を隠匿していたとのであれば、これは世界的な人権問題ですよね。今取り沙汰されている香港やウイグル問題以上に世界中の人たちの関心が高いのは当然です。実はすでにウイルスの遺伝子組み換えを行うことによる危険な機能獲得実験を規制すべきだ、という声もあがっています。今後はウイルスを研究するにあたりIAEAのような国際的な査察機関を設けなければならないだろう、という流れになっていくでしょうね。このような国際的な流れを日本が敏感にキャッチして率先して引っ張っていければいいんですけれども。

 内藤 良くも悪くも世界が透明性を求める方向に進んでいるということですね。特に中国に関してはあらゆる面において透明性を担保させなければならないので、どのように働きかけるかは今後の課題でしょう。そのカギになるのが今回のウイルスなのかもしれませんが。

 掛谷 武漢ウイルス研究所では2019年秋にそれまで公開していたウイルスの塩基配列のデータベースを閲覧できなくしてしまったんですよ。表向きはサイバーアタックでネットワークが遮断したと言っていますが、閲覧規制のタイミング的にパンデミックが始まる直前ですので、その時点で何かおかしいことが起きていたと見られても不思議ではないです。あと、私は研究所の人たちの血液サンプルを採取して感染履歴を調べる必要があると思っています。もしこういった情報公開要求を受け入れないのであれば世界中の学会から締め出すことすら辞さない、それくらいの覚悟で臨むべき事案です。

 内藤 情報公開について中国の首を縦に振らすには論理立てて説得していく必要がありますね。新型コロナウイルスは開発元の人為的ミス、あるいは事故で流出したけれども、それはあくまで管理の不備が原因なのだから今回の件で中国の責任は問わないし賠償請求もしないが、その変わり今後安全に研究を行うために武漢ウイルス研究所はきちんと検証させなさい、と。こういう形で話を持っていくべきでしょう。

 掛谷 まったく同感です。

 内藤 ここで気をつけなければいけないのが、あたかも中国が生物兵器を作って世界にバラまいた、という別の陰謀論に向かってしまうことです。ようやく科学的な知見も集まってきて真相を解明するまであと一歩のところに来ているのに、生物兵器だなんだという荒唐無稽な話になってしまうと……。

 掛谷 当初からそういった非現実的言説と混同されないように、私なんかはできるだけ科学的な発信を心がけてきましたけれども、どうもQアノンにハマるような人たちは声高に騒ぎたがるので。この件に関しては頼むからおとなしく私に任せてくれ、と(笑)。

 内藤 陰謀論にハマる人というのはどうして無自覚に敵にエサを与えてしまうのか。もしかするとこれこそが敵工作員による影響力工作なのかもしれないですけれども(笑)。



保守とリベラル

 掛谷 これは日本の保守系全般に言えることかもしれませんが、自分たちが発信するメッセージが世界から見たときにマイナスイメージを引き起こしていることを理解していないんですよ。それこそ従軍慰安婦の問題しかり、自分たちの主張が歴史的に正しいからといってそれを声高に主張しても、よその国の人はそもそも関心がないわけで。それよりも世界に対して日本のいいところをアピールしたいなら別のコミュニケーションの方が有効で、例えば日本の漫画やアニメを通じて家族仲の良さを伝える、とかですね。アメリカなんかは今家庭崩壊が深刻な社会問題になっているので、このメッセージはダイレクトに刺さりますよ。

 内藤 定番の「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」、「クレヨンしんちゃん」などみんなそうですね。

 掛谷 受け手側が興味を持つような形で日本の良さを伝えることが重要ですから、もっと意識的に情報を発信すべきなんですよ。それが正しい日本理解にもつながりますし、保守の人たちが本当に訴えたいほかの問題にも関心を示してくれるようにもなりますので。

 内藤 そのとおりだと思います。仲間を増やしたいのであればそれに沿った戦略をきちんと立てるべきです。それなのに保守系の人たちはどうも直情径行のきらいがあって、自分たちが気持ちよくなっているだけなんですよ。それこそ散々リベラルからイジメられてきた鬱憤の発露なのでしょうが、いい加減それは卒業しなさい、と(笑)。あとはアニメなどを通じて海外に評価された事実を今度は国内向けに発信していく。そうすると日本の伝統的な家族制度を批判しているリベラルへのカウンターにもなります。結果を出したいならここまで筋道を立ててやる必要があるのに、自分のお気持ちひとつで動くから、結局何がしたいの? って思っちゃいますね。

 掛谷 逆にリベラルの人たちはそういったアピールが巧みですよね。国際的にもうまく連帯しています。かたや日本の保守が大統領選でアメリカのトランプ支持者と連帯したかというと内輪で盛り上がっただけで(笑)。

 内藤 なぜか都内で不正選挙を糾弾するデモをやってましたね。あれなんかまさに自己満足の極みですよ。

 掛谷 あと、日本の保守は自国の文化・伝統を礼賛する一方、ほかの国の文化に対しては否定的な面があるじゃないですか。西洋は一神教で多神教の日本より劣っているみたいな態度をしばしばとりますが、私からすると一神教の文化は真理を探究することに長けているので科学の研究に向いていると思いますし、ほかにもそれぞれの国や地域で生まれた素晴らしい伝統がたくさんあります。当然のことながら良い面悪い面があるので、お互いの伝統を認め合いながら、それぞれの価値観を大切にする姿勢が求められます。

 内藤 それぞれ文化を尊重しながらアンチ・ポリコレで連帯すればいいんですよ。一方でリベラルはさらに一歩先を進んでいてですね。彼らは各国の極右やネトウヨたちが日本の女性差別的な家族制度などを肯定的にとらえて、日本的な排他的社会を理想化している。我々は世界が日本のような方向に向かうことを阻止しなければならない、といった主張ですでに動きだしています。本来、保守の人たちが世界に評価された日本の社会制度、ということを自国向けにアピールしなければいけないのに、早速機先を制されている。

 掛谷 リベラルの人って基本的に頭がいいんですよね。人間的には嫌な人が多いのですが(笑)。それに比べて保守の人は……。

 内藤 リベラル的思考は相応の訓練を積まないと身につかないですから相対的に頭のいい人が多い、ということではないでしょうか。それに人間の本質はもともと保守的な傾向があるんですよ。だからほっとくとどんどん右に寄っていってしまう。

 掛谷 どうして保守の人たちは国際協調が苦手なんでしょうね?

 内藤 基本的にナショナリストですから、どうしてもドメスティックな方に関心が向いてしまうんですよ。それが行き過ぎると極端な排外主義になって。いくら海外への興味が希薄だとはいっても、リベラルは相変わらず国際協調をして攻めてきますから、やはり日本の保守も海外の保守やアンチ・リベラル、アンチ・ポリコレで手を組む必要はあると思うんですけどね。

 掛谷 実はこれからやりたいことのひとつに、海外のポリコレ難民の学生をたくさん受け入れたいと思っているんですよ。ただし受け入れるにあたって日本語の習熟はハードルが高いから当面は英語だけで卒業できるプログラムをベースにして、という具合にです。日本のアニメなどを見ていれば、自国よりもポリコレがひどくないことは感じ取れるはずですから。そうやって世界中からアンチ・ポリコレの人たちが集まって日本を満喫しながらポリコレのない社会の素晴らしさを日本向けにも発信してくれるようになると、リベラルのポリコレ言説を鵜呑みにしなくて済むし、日本人も自信が持てるじゃないですか。そういった国際的な輪を広げていきたいんですよね。

 内藤 それは楽しいアイディアですね。

 掛谷 このアイディアのキモはリベラル好みの多様性やグローバルをこちら陣営で全部取り込んでしまう、という部分で。人種も国籍も多彩な国際的枠組みを作ってみたらみんなアンチ・リベラル、アンチ・ポリコレだった、という(笑)。

 内藤 実際、今の海外の普通の人たちもリベラルやポリコレのダブルスタンダードには辟易しているでしょうから、そういった人たちに日本を楽しんでもらいたいですよね。

 掛谷 行き過ぎたポリコレの反動として生まれたのがQアノンだったので、アンチ・ポリコレ空間ではそういったものが生まれる余地もないですし。

 内藤 結局のところ極右と極左はニコイチなんですよ。一方で激しい集団が形成されればそれに対するものがカウンターとして出てくる。日本でも最近は鳴りを潜めていますが旧在特会と旧しばき隊の関係のようなもので。ニコイチならニコイチらしくふたつまとめてどっかにいってくれ、と(笑)。それが普通に暮らす大多数の人たちの願いですよ。(おわり)

★ないとう・ようすけ=郵便学者。日本文芸家協会会員。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し、研究・著作活動を続けている。主な著書に『事情のある国の切手ほど面白い』、『マリ近現代史』、『朝鮮戦争』、『パレスチナ現代史』、『チェ・ゲバラとキューバ革命』、『改訂増補版 アウシュヴィッツの手紙』など。1967年生。

★かけや・ひでき=筑波大学システム情報系准教授。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。通信総合研究所(現情報通信研究機構)研究員を経て現職。専門はメディア工学。 著書に『学問とは何か』、『学者のウソ』、『「先見力」の授業』、『人類の敵』がある。1970年生。