真の“リベラル”経済学のススメ

対談=岩田規久男×柿埜真吾

裁量からルールへ――これからの金融政策のあり方


裁量からルールへ――これからの金融政策のあり方

 岩田 続く4章から9章では、金融恐慌をともなった大不況の原因について論じました。この問題の世界標準の理解というのは、中央銀行が貨幣増加率の安定化を図っていくことが大事である、ということです。たとえば、アメリカのFRBみたいに金融政策を雇用と物価の安定に割り当てているようにです。

 そうではなく、政策の方針を為替レートの安定に割り当てたり、あるいは金本位制やブレトンウッズ体制のような固定相場制を維持しようとすると、貨幣は非常に大きく変動してしまいます。

 貨幣の変動が起きることで経済が不安定化してしまうことは、ミルトン・フリードマンによる1930年代の大恐慌やそれ以降のアメリカの経済史の研究から証明されています。これは過去の事象に限らず、2019年くらいまでデータを伸ばして検証してみても同じことが言えるのですね。

 なお、20年以降の日本については新型コロナ対応の財政金融政策のために結果としてマネーは大きく増えていますが、これは感染対策の特別な措置でむしろ評価できます。

 また、中央銀行が貨幣量を大きく増加させるとレバレッジが急上昇します。レバレッジとは自己資本に対する総資産の比率(総資産÷自己資本)のことです。

 そのレバレッジが大きくなるということは、自己資本の何倍もの資産を買っている状態です。ようは借り入れが多くなって負債資本が大きくなっていることを指します。その負債資本を使って株式や土地を買う人が多くなることで、やがてバブルが生じる、というメカニズムです。

 バブルが生じると、中央銀行はバブルを止めようと金融引き締めを行います。たとえば90年代の日本のバブルは円安になりすぎた為替相場を警戒した日銀が急激な金融引き締めを行いましたが、それによってバブルが崩壊し、レバレッジが急激に低下して、信用の収縮が起きました。

 信用が収縮すると、金利が上昇し、それが高くなりすぎて、銀行は新規の貸し出しができなくなるし、借り手も借り入れを控えます。そうなると今までのような設備投資もできなくなる。そして成長率が低下して、経済全体が収縮し、デフレに陥る、という流れです。その結果、90年代以降の日本のように失業率が上昇し、物価の安定も保てなくなるのです。

 信用の大きな収縮が起きるのは、中央銀行が裁量に基づいて金融政策を行っているからであり、それによって貨幣量が大きく変動して経済が不安定化する。その現象を的確に見抜いたのがフリードマンです。

 ですから、フリードマンは中央銀行の裁量に任せず、ルールに基づいた金融政策を提案しました。それがマネタリー・ターゲット。為替レートではなく、あくまで貨幣量の増減を見ながら調整する金融政策です。その理論が時代を経て進化していき、現在は多くの国が採用しているインフレーション・ターゲット(インフレ・ターゲット)になりました。

 インフレ・ターゲットでは、だいたい2~3%のインフレ率を目指す金融政策です。これを取り入れている国の貨幣量は総じて変動が小さくなっていて、非常に安定しているのがわかります。

 つまり、金融政策を行う上では、インフレ・ターゲットのようなルールベースの政策を行うことが重要だ、ということです。中央銀行の裁量にまかせるとバブルが発生したときに無理やり潰してしまい、経済を不安定化させかねませんから。

 また、バブルを未然に防ぐ方法として私はレバレッジ規制を提案しています。レバレッジ規制とは、東証やNYダウのような平均株価が上昇したら自動的にレバレッジを引き下げる。株価などの金融資産の上昇局面では自己資本の何倍までしか資産を買ってはいけません、と制限をかける政策です。

 わかりやすい例でいえば、ここ数年アメリカの株価が急上昇しましたが、そういうときはレバレッジ規制が作用して、自動的に借り入れが抑制され、バブルを未然に食い止めることができる、という仕組みです。

 現在もレバレッジが上昇しすぎたときの抑制策はありますが、政策の運用は日本では金融庁、アメリカではFRB中心の委員会がそれにあたります。ようは裁量任せのままなんです。

 貨幣量はインフレ・ターゲットによって、中央銀行の裁量を取り外しましたが、金融システムの安定はまだ裁量によるところなので、いまだにここに自動安定化装置を組みこんでいないことに危機感を抱いています。アメリカだって、いつまたバブルが崩壊するかわかりませんから。

 ですので、アメリカは今、金融政策の舵取りが非常に難しい局面に入っている状態なのだといえます。

 柿埜 岩田先生は本書でフリードマンの先見の明を高く評価されていますが、以前フリードマン研究の本を出した私としては、変な言い方になりますがとてもうれしかったですね(笑)。岩田先生は本書内でインフレ目標の下でもマネーストックの安定こそが経済を安定させるために不可欠であることを明らかにされていますが、極めて重要なご指摘だと思います。マネーストックと物価の関係は長期的には安定していますし、過度なマネーストックの変動は経済の混乱を招きます。最近のアメリカも例外ではないでしょう。

 岩田先生ご自身は、もともとはケインズ経済学を研究されていて、私のようなフリードマンに対する思い入れはないわけですが、実証的にデータに基づいて経済を研究し、政策提言を考えていけば、フリードマン的な結論にたどり着くのは極めて自然だと思います。
 
 岩田先生が本書で指摘されているように、為替安定や地価の高騰に対処するためといった理由で物価の安定を軽視した金融政策が実施されると、例外なく経済危機が起きています。中央銀行の判断ミスは大抵、金融政策を物価安定ではなく為替安定のような間違った目標に割り当てて、貨幣の変動を軽視してしまうせいで起きています。

 フリードマンは、1950年代に既に為替レートは変動相場制で自由に市場に決定させればよく、中央銀行は物価安定に集中すべきだという考えを持っていました。変動相場制は今でこそ常識ですが、当時は殆ど誰も理解できない異端的な主張でした。ユーロがいい例ですが、今も為替安定にこだわって金融政策で大失敗をやる例は後を絶ちません。
晩年のフリードマンは、アジア通貨危機や日本のバブル、EMS(欧州通貨制度)の危機といった経済危機はいずれも金融政策を為替安定に割り当てたせいで起きたというのに、中央銀行家はなぜ一向に学習しないのだろうかと嘆いています。

 フリードマンというと、貨幣の成長率を一定にするk%ルールのイメージが強いですが、実は最晩年のフリードマンはインフレ目標を高く評価しています。インフレ目標の下で貨幣の成長率は穏やかで安定するようになったと指摘し、中央銀行は民営化できないとしても、インフレ目標はそれに近い責任を持たせる仕組みだと述べています。もっとも、そのうち中央銀行は慢心して変なことを始めるだろうから、この20年ほど(1980年代半ば以降2000年代初め)のような黄金時代はまず続かないだろう、とも言っていますが(笑)。

 フリードマンは、一貫して裁量的な金融政策の欠陥を厳しく指摘してきたわけですが、インフレ目標は中央銀行に明確な目標を与え説明責任を負わせるという点で、ルール重視のフリードマンの政策提言を発展させたものです。実際には岩田先生が本書でも指摘されているように、フリードマンはインフレ目標に近いアイディアを早くから考えていたのです。

 フリードマンはレバレッジ規制まではさすがに考えていませんでしたが、ルール重視という点で、レバレッジ規制も同じ発想ですよね。現在の金融政策はルールに基づいて運用しなければならない、という考えが基本になっているにもかかわらず、金融規制はいまだに“賢い”政策担当者に一任してバブル退治をする、という話になっている。

 ところが、その政策担当者はバブルになったら、金融産業のスーパー経営者らと一緒になって浮かれてしまうものです。新時代の到来だ、なんだと言って(笑)。ですから、実際バブルが起こったときこそ裁量的な“賢い”対応なんて期待できません。だからこそ、金融規制も同様にルールベースで行うのは必須の課題です。

 かつて、フリードマンは共産主義全盛の時代に市場経済の意義を説き、市場経済がうまく機能するための経済政策の枠組みを提案した『資本主義と自由』という本を著しました。本書は、フリードマンの時代にはなかった現代の新たな課題に対応してバージョンアップした、現代版の『資本主義と自由』と言っていいと思います。