真の“リベラル”経済学のススメ

対談=岩田規久男×柿埜真吾

本物のリベラル的思考とは


本物のリベラル的思考とは

 柿埜 今日の対談の中で我々が一貫して申しあげているのは、市場原理主義批判などの反資本主義的主張は経済学に基づく議論ではなく、弱者を救うこともない、ということです。この点は、新自由主義を声高に批判する人が実際の弱者に対してどんな態度をとっているかを見れば一目瞭然です。

 例えば、現在のマドゥロ政権下のベネズエラは社会主義化を進めた結果、経済が破綻し、国民の2割が国外に脱出し、国内に残っている3割は餓死しかかっている、恐ろしい独裁国家です。

 こんな悲惨な有様を見て、アメリカはマドゥロ大統領に制裁を加えたのですが、あろうことか日本の著名な“リベラル”の知識人がマドゥロ擁護の声明を出しました。[註2]新自由主義に抵抗するマドゥロ大統領は立派な民主主義のリーダーというのですから呆れてしまいます。マドゥロ大統領を批判する野党指導者のグアイドは社会主義政党の人で、オバマ大統領を真似たフレーズを叫んだりしている穏健左派の政治家なのですが。気に入らない者には何でも新自由主義というレッテルを張れば済むと思っている。抽象的にもっともらしい理想を唱えながら、現実の人権侵害には無関心なんですよね。

 ロシアのウクライナ侵攻にしても同じことが言えます。反新自由主義の知識人、あるいは社民党[註3]やれいわ新撰組[註4]のような“リベラル”政党は明らかにロシア政府寄りです。ロシアの侵攻直前、「論座」には「ロシアのウクライナ侵攻はディスインフォメーション」[註5]だという反米陰謀論さえ掲載されていました。さすがに戦争が始まるとロシア政府を支持する人は減りましたが、戦争の原因はNATOの東方拡大で、ウクライナがロシアを“挑発”したのも悪いという人が少なくない。『今こそ社会主義』(池上彰氏との共著)等の著書がある的場昭弘氏は、ウクライナは親露派占領地域の独立を承認し、ロシアと連邦制を検討せよと唱えていますが、[註6]これはプーチン大統領の主張とあまり違わないのではないでしょうか。

 東欧諸国がロシアから離反してNATOに入りたがるのは、ロシアが魅力の乏しい独裁国家だからです。領土を侵略し、“西方拡大”してきたロシアにウクライナの人々が恐怖を感じるのは当然でしょう。民主的に選ばれた政権がNATO加盟を望むのに、それはロシアの安全保障上の脅威だからダメだ、ウクライナは中立化しろと勝手に決めるのは帝国主義です。ロシアの帝国主義を正当化する人たちが弱者の味方を気取っても空しいだけでしょう。

 彼らは、ソ連の原爆は平和を守るよい原爆、アメリカの原爆は戦争に使われる悪い原爆だ、と言ってアメリカを非難していた時代から何も進歩していません。日本で“リベラル”を称する人たちのイデオロギーは「左」ではなく、むしろ「東」といった方が正しいのかもしれません(笑)。

 ちなみに、ロシア政府は、しばしば自分の気に食わない相手に“新自由主義”というレッテルを張っています。[註7]“新自由主義”に条件反射的に反対する“リベラル”を利用しようとしているのでしょうね。

 岩田 本書の帯に「本物のリベラル」と書いてありますが、実際は私や柿埜さんのような人間が本当のリベラルなんです。

 柿埜 同様のことがフリードマン、またはケインズにも言えますよね。一般的にケインズとフリードマンは対極にあるような言われ方をされますが、それこそ日本のようなデフレ経済に陥ったときの処方箋は同じです。これは、岩田先生が本書で論じられた通りですね。

 岩田先生は、ケインズとフリードマンの対比を書かれた中で、ケインズのエリート主義的な認識を指摘していますが、その部分は私も危ないと思います。ですが、ふたりとも人間本性の変革を目的としていたわけではないし、あくまで経済学の理論に基づいて、目の前の社会問題を解決するためにどのようにゲームのルールを変えればよいか、ということを思考していた人たちです。

 多様性と人権を守る唯一のものが資本主義であり,自由で民主的な個人主義こそ社会の進歩をもたらすと考えていた。これこそが本当の意味でのリベラルです。フリードマン自身もそのことを自覚した上で、自らをリベラルだと言っていましたから。

 自称“リベラル”の人たちが、本来のリベラルとは対極の主張をしているのは、別に日本に限った話ではありませんが、日本の場合はこの認識が一般に広く浸透してしまっているために、余計にひっくり返った状況です。日本に本物のリベラルがほとんどいない現状は、本当に嘆かわしいですよね。

 岩田 だからこそ、一人でも多くの人に本書を読んで本物のリベラルとは何かを知ってほしいですね。(おわり)


[註2]ベネズエラ情勢に関する有識者の緊急声明~国際社会に主権と国際規範の尊重を求める | 長周新聞 (chosyu-journal.jp)
[註3]ウクライナを戦場にするな~米ロ両国は冷静な対話で緊張緩和を~ - 社民党 SDP Japan (archive.org)
[註4]【声明】ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議について(れいわ新選組 2022年2月28日) | れいわ新選組 (reiwa-shinsengumi.com)
[註5]「ロシアのウクライナ侵攻」はディスインフォメーション:真相を掘り起こす - 塩原俊彦|論座 - 朝日新聞社の言論サイト (asahi.com)
[註6]ロシアとウクライナが「こじれた」複雑すぎる経緯 | ウクライナ侵攻、危機の本質 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)
[註7]The Kremlin’s New Favourite Straw Man - EU vs DISINFORMATION


★いわた・きくお=上智大学名誉教授・学習院大学名誉教授。金融論・都市経済学。2013年4月から5年間、日本銀行副総裁を務める。著書に『経済学的思考のすすめ』、『日銀日記』、『なぜデフレを放置してはいけないか』、『「日本型格差社会」からの脱却』など多数。1942年生まれ。
★かきの・しんご=高崎経済大学非常勤講師。学習院大学大学院経済学研究科修士課程修了。主な論文に「バーリンの自由論」「戦間期英国の不況に関する論争史」など。著書に『ミルトン・フリードマンの日本経済論』、『自由と成長の経済学』がある。1987年生まれ。