緒方貞子 戦争が終わらないこの世界で
著 者:小山靖史
出版社:NHK出版
ISBN13:978-4-14-081626-4

緒方貞子さんの生き方に、何を学ぶか

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

新保有香 / 江戸川区立中央図書館
週刊読書人2020年2月14日号


 2019年、緒方貞子さんが亡くなった。そのニュースを耳にした時、何かとても大きな支柱のようなものを私たちは失ってしまったのではないか、という喪失感を覚えた。「令和」という元号にも少しずつ慣れ始めた頃のことである。

 緒方さんといえば、女性初、そしてアジア人初の国連難民高等弁務官を務められたという事で知られる。そのリーダーシップと鋭い決断力により数えきれないほど多くの難民の命を救った。既成概念にとらわれず、自身の信念に則り〝難民〝の定義までをも変え人々に寄り添ってきた。国連難民高等弁務官事務所のトップだから、ということではなく彼女だからこそ出来た仕事だということは言うまでもない。今もなお、世界中から尊敬を集める。

 本書は、緒方さんがどのような環境で育ち、誰から影響を受けてきたのか、いかにして大変な困難を伴う任務を遂行するに至ったのか、ご本人の言葉も交えながら流石の取材力で明らかにする。外交官であった父・豊一さんの仕事、聖心女子学院時代のマザー・ブリットからの言葉、戦争体験、夫四十郎さんとの生活、そして市川房江さんとの出会い、など、これまであまり知られてこなかった事実もある。そしてそこには緒方さんの仕事の成果のみではなく、一人の女性としての葛藤や迷いがありながら、それでも立ち上がり世界へ出かけていく過程や心情が記されている。

 緒方さんの功績をあげるときには「女性」という言葉が付いてくることが多い。しかし、本書から読み取れる緒方さんは、「女性」であることを武器にも言い訳にもしたことがない人であった。緒方さんによれば、「女性であるからではなく、専門性を持っているから何が出来るか。中身で勝負。」である。ただし、男性との違いは確かにある。だから焦るのではなく、ゆっくり自分のサイクルに合わせていけばいい、と言う。女性として、どうやって仕事に向き合ってきたのか、様々並ぶご本人の言葉はとても芯が強く深い。フィールドや時代が異なっても、現代女性が働きながら生きるためのヒントともなるのではないだろうか。

 国際社会に飛び立ち、紛争と向き合ってきた緒方さんは「人間の安全保障」という考え方に行きつく。その詳細は是非本書を手に取って頂きたいが、2013年国連本部でのスピーチでの問いかけは、私たち自身にも向けられているように感じる。

 そして今、時代は「令和」となり、緒方さんの国連でのスピーチからもすでに約7年が経とうとしている。しかし、現実に目を向けると世界から紛争がなくなった瞬間はなく、さらに分断に向かいかねないこの世界情勢において、緒方さんの言葉はさらに響く。

「自分の国の将来にとってプラスがあるかと考えるのは、当然だったといえるでしょう。けれども、そのプラスというものが、ほかの人々の非常に甚だしいマイナスにならないようにしなくてはいけない。」

 今のリーダーたち、そして未来を担う世代にはどう届くだろうか。