ザ・ペンシル・パーフェクト
著 者:キャロライン・ウィーヴァー
出版社:学研プラス
ISBN13:978-4-05-406717-2

“記憶”と密接に繋がるツール、鉛筆

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

石岡薫 / TRC仕入部
週刊読書人2020年2月14日号


 初めて自分の名前を書いた幼い日から、「これで人生が決まる」というほどの悲壮な覚悟で塗り潰した大学入試のマークシートまで、学ぶ者の傍らに常にあった鉛筆は、21世紀の急速なコンピュータ技術の発展により、特に現代を生きる大人たちからは忘れられがちな存在になっている。私自身も最近ではほとんど鉛筆に触れることがなくなっていたが、本書をめくりながら、指に親しむ鉛筆の感触とほのかな木の香り、さらさらと紙の上を心地よく滑る音を懐かしく思い出していた。

 本書では、16世紀英国における黒鉛の発見から鉛筆の製造方法、鉛筆業界にその名を轟かせるファーバーカステル社の創設と歩み、ヨーロッパやアメリカ、日本など世界各地における鉛筆の辿ってきた歴史、“文化の象徴”としての鉛筆の物語を、消しゴムなどの鉛筆の周縁を彩る事物にも触れつつ綴っていく。読み進めていく中で、鉛筆の持つ最も大きな役割である“記録する”という実用性はもちろんのこと、鉛筆の端っこで消しゴムを固定している“フェルール”と呼ばれる金具のデザイン性の高さ、キャラクター付きのファンシーペンシルや香り付き鉛筆など、子どもや女性の蒐集心をくすぐる鉛筆の文房具としての娯楽性の高さや魅力についても改めて気づかされた。

 著者キャロライン・ウィーヴァーの抑制の効いた語り口も本書の魅力だが、なんといってもオリアーナ・フェンウィックによる手描きの鉛筆画が陰影と温もりを感じさせ、鉛筆の長所を最大限に発揮しながら、16世紀から21世紀の長きに及ぶ鉛筆の物語を雄弁かつ華麗に表現している。この挿絵から、筆記具としての鉛筆の未来は少々心許ないが、芸術分野での鉛筆の存在は大きく、そして今後も欠かすことが出来ないものであると感じられた。

 時代の流れからみれば、鉛筆がかつてのような隆盛を極めることはもう難しいのだろう。だが鉛筆の主たる材料である黒鉛は、スマートフォンやノートパソコンに利用されるリチウムイオン電池にも使われているという。アナログからデジタルへと急速に変わりゆく記録のための道具に、奇しくも同じ材料が使われているという事に感慨を覚えつつ、“記憶”と密接に繋がっているという点では、まだまだ鉛筆の方に分があるのではないかとの思いを強くした。