民主主義の非西洋起源について 「あいだ」の空間の民主主義
著 者:デヴィッド・グレーバー(片岡大右 訳)
出版社:以文社
ISBN13:978-4753103577

思想史の前提を覆すスリリングな書

民主主義は本当に「西洋」に由来するのか

橋本努 / 北海道大学大学院教授・経済思想・社会哲学
週刊読書人2020年6月5日号(3342号)


民主主義は本当に「西洋」に由来するのだろうか。その答えは言葉の解釈に依るが、一般に民主主義は、西洋文明に起源をもつとみなされてきた。ヨーロッパ中心主義に異議を唱える左派の人びとも、民主主義は古代ギリシア以来の「真のヨーロッパの遺産」であるとして、これを継承すべきと考える傾向にある。だが著者は、この通念に挑戦する。小著ながら、思想史の前提を覆すスリリングな書だ。
 
近代の民主主義は、フランス革命や合衆国憲法に体現されたといわれている。しかし実際に、合衆国で選挙制度を創始した人たちは民主主義に反対していた。かれらの理想はローマ帝国、君主制と貴族制と民主制のバランスを追求する共和制であった。例えば米国の第二代大統領ジョン・アダムズは、『憲法擁護』(一七九七年)で、合衆国は大統領府と上院と下院の設置によってローマの国政を再現すべきであると論じている。その一方で、当時民主主義者を名乗ったのはアナキストたちであった。議会政治には懐疑的で、暴走的な扇動者とみなされた。
 
しかし時代とともに、政治家たちは共和制のかわりに民主主義という言葉を使うようになる。アテネの民主制も再評価されるようになった。アテネは「東方(ペルシャ帝国)の専制政治」に打ち勝った西洋文明の勝利という歴史的意義を獲得する。
 
だが民主主義の起源は、どんな文明にも備わっているのではないか。例えば合衆国では、先住民族の人たちもまた、同国の憲法を基礎づけた。一九七七年、歴史家のドナルド・グリンデは、合衆国憲法のいくつかの要素、とくに連邦制のアイディアが、イロコイ族の「六部族連盟」から部分的にヒントを得ていたことを突き止めている。北米の英国植民地領を「連邦制」にまとめ上げるというこのアイディアは、オノンダガ族の族長カナサテゴ(イロコイ諸族の代表)によって提案された。これに賛同したベンジャミン・フランクリンは、自身の印刷所を通じてこの考え方を広く流布したとされる。一七五四年に彼の努力が実を結び、「オールバニー連合案」が作成されると、憲法の制定に大きな影響を与えた。米国の民主主義はこのように、部分的にはアメリカ先住民の文明に由来している。
 
西洋文明は、全体としてみれば、とくに民主的というわけではなく、他の文明と同様に反民主的である。著者の理解では、強制力をもった国家装置は、そもそも民主主義と相いれない。民主主義とは、コミュニティを構成する市民が平等な投票を通じて意思決定する企てであり、そこには強制力をもった体系的メカニズムは存在しない。民主主義は、互いに異なる伝統をもった人たちが折り合いを見つける仕方であり、その都度の即興を繰り広げるフロンティア・コミュニティである。暴力やリンチといった無秩序な実行力が伴うこともあるだろう。このような理解に基づけば、影響力をもった民主主義の実践は、世界のどこでも起こりうる。西洋人が特権的な立場にあるわけではない。
 
この含意は政治的にみて甚大であろう。とりわけ今日の米国政治にがっかりしている読者には、刺激的な一冊ではないか。著者グレーバーの最重要書の一つといえるかもしれない。(片岡大右訳)(はしもと・つとむ=北海道大学大学院教授・経済思想・社会哲学)
 
★デヴィッド・グレーバー=文化人類学者・アクティヴィスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学人類学教授。著書に『アナーキスト人類学のための断章』『負債論――貨幣と暴力の5000年』『資本主義の世界のために――新しいアナーキズムの視座』など。一九六一年生。