奇妙な瓦版の世界 江戸のスクープ大集合
著 者:森田健司
出版社:青幻舎
ISBN13:978-4-86152-763-0

人々の心を映した江戸時代のメディア

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

佐久間礼実 / TRCデータ部
週刊読書人2020年4月3日号(3334号)


テレビも新聞もインターネットもなかった江戸時代。絵と記事で構成される「簡易な新聞のようなもの」が最速のメディアであった。本書では、当時庶民の間で絶大な人気を博した木版の摺物「瓦版」を紹介する。

現代において、マスメディア=大衆へ向けた報道の使命感を帯びたものとの認識が強いが、瓦版にはそのようなジャーナリズム精神は見られない。そもそも瓦版は庶民に情報が流れることを嫌った幕府によって表向きには禁止された非合法な出版物であり、市井の人々が知りたい情報・売れるネタばかりを扱っていたためである。明治に入り厳しく取り締まられるまで、二百年以上もしぶとく生き残った。その人間くささに、江戸時代の庶民文化や思想の研究にあたる著者が愛を持って面白みを見出した一冊。見開きの左側に実際の瓦版、右側に解説のセットで、視覚的にも大いに楽しませてくれる。

江戸時代は自然界で起こる現象の仕組みについて、科学的に解明できていないことが多かった。未知なるもの、外来生物などは怪異や珍獣として瓦版でも注目を集めた。今では動物園でも会えるが、当時から聖獣として崇められてきた象のように、今日に至るまで名残を留めるものも少なくない。

明治時代初期に復讐禁止令が下るまで、敵討が認められていたことも江戸時代の特徴である。主君への忠誠心と親孝行を大事にした時世だからこそ、道徳的にも良かれとされていた。瓦版は市井の人々の美談なども多く取り上げ、敵討の成就に関してはことさら読み手が増えた。

これらのようなゴシップ度や話題性の高い知らせは数多く摺られ、本書にも多数掲載されている。瓦版屋たちは政治には興味が薄かったが、黒船来航や戊辰戦争なども売れるネタとして積極的に扱っていた。しかし最も多く作られたジャンルは、火事の類であった。大きな地震のあとで襲い来る炎に倒れた地域の情報を細かに伝え、安否確認や商家などの仕事にて、重要な情報源となり得る。江戸時代も災害時には富裕層の支援によるセーフティネットが設置された。その場所や支援者を教えてくれる瓦版は、当時大変な思いをした人々にとって大きな救いでもあっただろう。

すべて手作りで生み出された瓦版から読み取れるのは、当時の庶民がどのような世の中にいたか。何に喜怒哀楽を感じ、興味を寄せたのか。人情味豊かでセンスに富んだメディアが、人々の心を鮮明に映したと言っても過言ではない。

瓦版が情報の最先端とされていた江戸時代から、ずいぶん遠くまで来た。文化や感性が変わったとて、「知りたい」と思う好奇心は昔も今も変わらない。しかしテレビ、ラジオ、新聞、Webメディア、SNSなど、溢れかえる情報群の中から、自分で判断して取捨選択しなければいけなくなった。現代はまさに大情報時代と言えるだろう。その驚異的な速度と物量に息苦しくなったときこそ、古き良きニュースの原点を思い出したい。