あの日からの或る日の絵とことば 3.11と子どもの本の作家たち
著 者:筒井 大介
出版社:創元社
ISBN13:978-4422701202

現代を代表する32人の絵本作家がつづる、震災をめぐる或る日の記憶

本の編集人より

坂上 祐介 / 創元社 製作部


 東日本大震災から8年。この間ずっと、「当事者とは何か」について考え続けてきました。

 2011年3月11日以降、たとえ直接被災していなくとも、震災を経験した誰もがそれぞれ個人的な体験を抱えることになりました。遠いも近いも、重大も些細もなく、個人個人が日常抱え込むことになった、ただただ消えない体験と感覚。
 そこには震災に対する現実的な距離以上に、「心の距離」ともいえるものが見え隠れし、あの日からを生きるすべての人が、無意識であれ意識的であれ、自身と日常を見直すことになったと感じています。
このような思いを編者となる筒井大介氏にぶつけ、『あの日からの或る日の絵とことば』はできあがりました。

 各作家に執筆を依頼するにあたり、筒井氏にまえがきを書いてもらいました。長くなりますが、ここにこの企画の思いが込められています。
本書を読み進めるうちに、いつしか自分自身の抱える気持ちや、みずからの日常に重なる瞬間を見つけていただけると嬉しく思います。「あの日からの絵とことばの物語は、僕やあなたと同じ日々を歩んでいるはず」です。

【まえがき】編者・筒井大介
 デパートでエスカレーターに乗ると、今でもあの日の事を思い出す。
 二〇一一年三月一一日一四時四六分、あの瞬間、僕はある展覧会を観るために渋谷・西武百貨店の昇りエスカレーターに乗っていた。
 どうもおかしい、足下がやたらとぐらんぐらんして立っていられない。
「故障かなぁ」と思いながらフロアに着いたとたん、「地震です! 姿勢を低くして下さい」と、店員さんが僕の肩を抱いてしゃがんだのには驚いた。まだ二〇代半ばと思われるその女性は、自分も心細いだろうに、揺れている間中「大丈夫ですよ、もうすぐ収まりますから」と声を掛け続けてくれた。
状況が飲み込めない僕は「デパートの社員教育ってすごいな」とぼんやり考えながら揺れが収まるのを待っていたのを覚えている。

 その後、展覧会どころではなくなりほうほうの態ていで帰宅するのだが、それを長々と書いても仕方がない。
家の中に足の踏み場がなかったとか、ベッドの上に本が散乱していて寝てたらと思うとぞっとしたとか、その日帰宅できなかった家人が翌朝買って帰って来たモスバーガーの温かさが沁し み入ったとか、家の前の道が陥没して毎日憂鬱だったとか、言い出したらきりがないけれど、あの日、あの揺れを感じた人たちは皆、そんな物語をもっている。自分だけが特別な訳ではない。
 僕は被災者でもない。
 計画停電があったり、余震におののいたり、放射能の心配をしたりする毎日が始まったけれど、決して被災したわけではない。
 あの日の夜、テレビが?がらずにベッドの中で一人スマホにかじりついて見続けた東北の風景。
地震や津波で家や家族を奪われた人、放射能汚染で昔からの土地を出ざるを得なかった人、そういう人たちの事を思うと「あの時は大変だった」なんて被災者づらはできない。

 そういう風に思っていた。いや、今でもそう思っているのだけれど、一方でそういう被災者とは言えない、でも何も被っていないとは言えない、どちらでもない人々の物語から見えてくるものがあるのではないか、そう考えるようにもなった。
 あの日、あの時期、みんなはどうしていたんだろう、何を考えていたんだろう、そして、どんな時にあの日々の事を思い出すんだろう。
さっき「そんな事を長々書いても仕方がない」と言ったようなあの日にまつわる、個人的な、他人にとっては些細な物語。そんな物語を沢山聞いてみたい。

 僕は絵本編集者だ。二〇〇二年からこの仕事をしているのだが、あの日以降、出る絵本の傾向が変わったと感じるようになった。生命力にあふれたもの、逆に死をテーマにしたものも増え、以前なら「怖い」と言って避けられたようなインパクトのある絵や物語を描く作家も多くなった。と同時に、些細な日常を慈いつくしむような平穏な物語への感じ方も変わったように思う。
 僕が日々感じる「楽しい」も「嬉しい」も「悲しい」も「寂しい」も、その根っこはあの日を境に大きく変わった。読者の中にも見えない、でも消えない感覚がうずき始めたのかもしれない。そして、作家はその事をより切実に抱え込んで、絵と言葉を紡つむぎ始めたように思えるのだ。だからこそ聞いてみたい。

 この本は三二人の絵本作家による、ごくごく個人的なエピソードの集積で出来ている。それは一見あなたには関係ない、もしかしたら些細に思える、あの日にまつわる、或る日の物語。
しかし、読み進めるうちに、いつしか自分を重ねる瞬間がやってくるかも知れない。自分の物語を誰かに聞いて欲しい。近しい誰かの物語を知りたい。他の誰かが抱えているものを、気持ちを、共有する事はきっと出来ない。それでも、みんなあの日から同じ地続きの日々を生きている。何かを乗り越えたりせず、ただただ抱えて生きていく。

 あの日以降、家で本を読んでいる時、友人と酒を飲んで騒いでいる時、面白い映画を観た帰り道、なにげない日々のくりかえしの中、ふとした瞬間に、自分の足下が、あの日の西武百貨店のエスカレーターになった気がするのだ。そんな時はいつもより少しだけ、足を強く踏みしめる。そして思う。今この瞬間、自分と同じように、少しだけ足を強く踏みしめている人はいるのだろうかと。
どこからでも、この本を開けば、誰かのそんな瞬間の物語に出会う事ができる。そしてそれを、心強く思う日があるかも知れない。

 あの日からの絵と言葉の物語は、僕やあなたと同じ日々を歩んでいるはずだ。