大衆の強奪 全体主義政治宣伝の心理学
著 者:セルゲイ・チャコティン
出版社:創元社
ISBN13:978-4-422-20293-8

世界的に再注目される書

差し迫るファシストの脅威とどう戦うか

新谷卓 / 立教大学兼任講師・政治学
週刊読書人2020年4月17日号(3336号)


一般的にはさほど知られているとはいえない、八十年以上も前に出版された本書が二〇一九年改めて翻訳されたのはなぜか。訳者の佐藤氏は、実は三〇年前に本書に出会い、編集者から翻訳を勧められたが、大衆を「レイプ被害者」とみなすこの「取扱注意」図書に腰が引けたという。では多忙な訳者をして今日改めて翻訳に駆り立てた理由は何だったのか。佐藤氏はこう語っている。「ポピュリズムの予兆もある現代日本で、いつまでも本書を「密教書」のままにしておく訳にはいかない」(訳者「解題」)。
 
実は本書は世界的に再注目されており、二〇一七年にイギリスで復刊されるなど、新たに五つの言語に翻訳された。イタリア語版の著作継承者の解説(本書収録)では、これらの世界的出版が「現代世界に次々と起きる悲劇的で衝撃的な出来事」の「病の兆候」ではないかとされている。確かに最近起きたテロ、右翼の台頭、ブレグジット、トランプ米国大統領就任、各国で見られるポピュリズムとその結果である権威主義的なリーダーの登場、さらには「ポスト真実」の世界の中で民主主義そのものの終焉すら囁かれている現状は、本書の翻訳ブームに密接に関係していることは間違いなかろう。
 
さて「取扱注意」の本書は、「戦う方法」について書かれた本である。差し迫るファシストの脅威にどのように戦うのか、という問に対する心理・生物学者の体験に基づいた歴史的実践報告とでもいうべきものである。著者は、まず、ヴァイマル共和国の中でなぜナチスが大衆の心を「レイプ」することに成功したのかを分析する。著者は言う。大衆の闘争本能に根差した「感覚に作用し、感情を刺激するシンボルや行動によって、大衆を感動させ、敵を威嚇し、味方の攻撃性を高めていく」(「本書」一六六頁)ことによって成功したと。バッジ、ビラ、ポスター、花飾り、制服、旗、行進、音楽などがその効果的な道具となったことはよく知られる。
 
こうしたファシズムに対抗する著者チャコティンの戦略は何か、それは逆にその「やり口をまねる」ということである。「鉤十字」に対抗するために、理論や歴史的叙述あるいは「数字と統計」などではなく、シンボルを用いた闘争、たとえばチャコティンが考案した「三本矢握り拳「自由!」の喚呼」によって戦うことを提案する。訴えかけるのは理性ではなく、「パブロフの犬」のような条件反射を引き起こす大衆の感覚である。
 
時代を早送りして今日、心理学・生物学を応用する手法は、企業と消費者の関係の中で用いられている。企業はコピーライターを使って消費者の感性を刺激し、時に心理的不安や恐怖を煽って商品を買わせようとする。サイバー空間の中では、ビッグデータを利用して個別のプロファイリングを行い、個人の性格・心理状態を読んで狙い撃ちにして消費行動を操作する。この手法が今新たに政治家と有権者という選挙の枠組みの中で用いられ、そこにフェイクニュースを流すことによって、いとも簡単に特定の投票行動へと導いている。  
 
新たな独裁者の登場によって民主主義が危機に陥っている現代に、チャコティンが生きていれば、穏健なリベラリストたちに対してこう訴えかけるだろう。民主派・抑圧されている者・労働者は、勝利のためにスローガンを掲げ、バッジをつけ、おそろいのTシャツ着て行進し、コンサート会場で見られるような音・光・リズム・けむりを効果的に使って熱狂・興奮を作りだし、ときに暗示・恐怖を煽ることも厭うべきではないと。現在マス・コミュニケーション研究の学説史において「弾丸効果論」は乗りこえられたものとされる(「解題」)。だが、こうした戦略は、危機が差し迫っていればいるほど強い効果を発揮するものである。衰退する民主主義を理性的方法によっては維持できず、結果的にポピュリズムが蔓延し、その延長上にファシズムがあるのだとすれば、勝利のためには非民主主義的「やり口」、即ち「大衆の心理的レイプ」も必要(悪)だと認めるべきなのだろうか。それが危険なものだとよく知っていても、またチャコティンの方法の有効性に疑念が示されていても(「解題」)、今日我々は肯定したくなるような状況の中に置かれている。
 
最後に、訳者のたいへん優れた「解題」の中には、初めて知る事実が多く言及されているが、その中でも戦前、この本が日本でも翻訳され、それが新体制運動の参考書、国民精神総動員を目指すものとして売り込まれていたという事実は実に興味深い話である。(佐藤卓己訳)(あらや・たかし=立教大学兼任講師・政治学)
 
★セルゲイ・チャコティン(一八八三―一九七三)=一九一七年二月革命後メンシェビキに加わり、十月革命後に白衛軍情宣組織OSVAGの責任者に就任。著書に『組織』など。