「揉む医療」の探求 日本的身体とはなにか
著 者:藤守創
出版社:青灯社
ISBN13:978-4-86228-109-8

現代医学への根源的挑戦の書

分類不能の多様な内容でめぐる日本的身体

安冨歩 / 東京大学東洋文化研究所教授・社会生態学
週刊読書人2020年4月24日号(3337号)


現代医学が大きな困難に直面していることを否定する人はいないだろう。あらゆる国の財政は、果てしなく膨張する医療費に喘いでおり、医学の発展はそれを加速しこそすれ、減速させることはない。また、近代医療以外の伝統的医療への需要の急激な世界的拡大は人々が、現代医学によっては決して解決されない何かを希求していることを示す。
 
かくして「代替医療」と西欧起源の医学を統合した新しい医療が求められているが、来たるべき「統合医療」の実現は、簡単なことではない。異なる文化の知識の統合には、互いに異なる認識枠組の相対化と統合が不可欠だからである。ところが、現代のアカデミズムは、西欧近代の民俗的刻印を強く帯びており、近代医学の枠組を組み替えるための根源的反省はほとんど行われず、統合医療という新次元への移行は、想像することすら難しい状態が続いている。
 
本書は、このような状況への根源的挑戦の書である。
 
著者は、祖父・藤守基の開発した「藤守式脊椎骨盤矯正法」の唯一の伝承者である。そして自らの学んだ技法の効果への確信を、人類の知識の総体へと付け加えるべく、永年の修行の果に達成したせっかくの事業的安定を振り捨てて、フランスへと渡り、ソルボンヌ大学で科学哲学を学ぶという驚くべき冒険へと旅立った。そして博士号を取得し、ハーバード大学で研究員、アムステルダム大学哲学部で助教のポストを得るというところまで到達する。このような経歴を持つ研究者は、おそらく世界に唯一人であろう。
 
本書はソルボンヌに提出された博士論文に基づく、この冒険の渾身の報告書である。それは、まさに知的迷宮の探検記であり、科学哲学の研究書であり、整体の秘伝公開の書であり、中国医学・日本医学の思想史であり、身体をめぐる社会史でもあり、来たるべき統合医療を切り開くための医学専門書でもある。これだけの分類不能の多様な内容であるが、驚くべきことに、それがゆるぎない日本語で明快に書かれている。
 
ただ、私は、著者の学んだソルボンヌ流の科学哲学が、学術的水準を担保しつつも、その担保行為そのものが、中国医学・日本的身体の理解そのものの生命力を乾燥させているように感じざるを得なかった。具体的には、全体を支えるはずの「規範」という鍵概念が、「世界がこのようにあり、生きとし生けるものがこのように生きている、それが全ててである」という日本的身体を支える思想と、齟齬し、見通しを悪くしているように思うのである。
 
しかし、その見通しの悪さもまた、本書の魅力であり、これまでに書かれたことのない、読むに値する書物であることは、間違いがない。(やすとみ・あゆみ=東京大学東洋文化研究所教授・社会生態学)

★ふじもり・はじめ=パリ第1大学ソルボンヌ哲学部博士課程修了、哲学博士・フランス科学認識論・東アジア医学史。自身の施術所を経営するかたわら研究、講演、執筆活動に勤しむ。