地球に住めなくなる日 「気候崩壊」の避けられない真実
著 者:デイビッド・ウォレス・ウェルズ
出版社:NHK出版
ISBN13:978-4-14-081813-8

戦慄のシナリオ

ウイルス禍が終息しても、地球の危機が去るわけではない

外岡秀俊 / ジャーナリスト
週刊読書人2020年4月24日号(3337号)


昨年九月に開かれた国連の気候変動サミットで、最も注目されたのは、スウェーデンの十六歳の環境活動家グレタ・トゥンベリさんの演説だった。「あなたたちが私たちを見捨てるなら、絶対に許さない」。たった一人でスウェーデンの議事堂前に座り込み、気候危機を訴えた彼女の行動は、世界各地で毎週金曜日に授業を放棄して地球温暖化に抗議する「学校スト」にまで広がった。
 
少女があげた悲痛な抗議の叫びに、戸惑った大人もいるだろう。彼女が訴えているのは気候危機そのものではない。糾弾するのは、あまりに明白な「不都合な真実」を前に、動こうともしない大人たちの無責任さなのだ。
 
二〇一五年に採択されたパリ協定では、産業革命前と比べた世界平均気温の上昇を二度未満に、可能なら一・五度に抑える目標を掲げた。今回のサミットでは七七か国が「二〇五〇年に温室効果ガスをゼロ排出にする」と誓ったが、最大排出国の中国や三位のインドはその道筋を示さず、二位の米や五位の日本は登壇の機会さえなかった。彼女の怒りは日本にも向けられているのだ。
 
トゥンベリさんら若者たちの抗議の背景を知りたい人には本書をお勧めしたい。たとえばパリ協定が掲げる「二度」という、ささやかな目標ですら、どんなに凄まじい衝撃をもたらすか、これほどリアルに突きつけた書は少ない。二度上昇すれば次のようになる。  
 
「氷床は消え始め、四億人が水不足に見舞われ、赤道帯の大都市には住めなくなる。北半球でも夏の熱波で数千人単位の人が死に、インドの熱波は三二倍に増え、期間も長引いて影響を受ける人が九三倍に増える」
 
だが、これは各国がただちに行動を取った場合の「最良のシナリオ」だ。三度になれば各地で旱魃が慢性化し、森林火災が頻発する。
 
四度になれば地球規模の食糧危機が毎年起き、酷暑による死者が全体の九%以上になる。
 
問題は、今世紀末に二度未満という目標を達成しても、大気中には二酸化炭素が残り続けることだ。来世紀を生きる世代は遥かに過酷な現実を背負わねばならない。
 
しかも地球温暖化については、「気候崩壊」の連鎖が指摘されている。北極の氷が融ければ太陽光が反射されず温暖化が加速する。永久凍土が融ければ膨大な二酸化炭素が放出され、山火事では、二酸化炭素の吸収源だった森林は逆に排出源になる。つまりは「気候のドミノ倒し」になると著者は警告する。
 
こうした「戦慄のシナリオ」を前に、人はなぜ無関心のままでいられるのか。本書の特色は、その「なぜ」に迫っている点だろう。二〇世紀に化石燃料は新たな富を生み、発展途上国も工業化で中流階級が増え、世界に進歩と利便性をもたらした。そのツケが地球温暖化として顕在化した。温室効果ガスの半分は裕福な上位一割の国が出しており、もはや「環境か開発か」という図式で責任をなすり合う時期ではない。すべての人々が当事者であり、次世代への責任を負うべき時なのだ。
 
猛暑や水害、台風の頻発、「一〇〇年に一度」の異常気象の常態化。本書が指摘する「今そこにある危機」は日本でもここ数年、身近になった。その危機を、我が身を守るだけでなく、世界のだれもが直面する危機ととらえ、連帯に結びつける。それが本書の主張の核心だ。今世界を揺るがすウイルス禍が終息しても、地球の危機が去るわけではない。(藤井留美訳)(そとおか・ひでとし=ジャーナリスト)
 
★デイビッド・ウォレス・ウェルズ=アメリカのシンクタンク〈新米国研究機構〉ナショナル・フェロー。ニューヨーク・マガジン副編集長。本書の原書はニューヨーク・タイムズ、サンデー・タイムズ両紙のベストセラーリストにランクインし、「ニューヨーク・タイムズ紙、2019年ベストブック100」選出。ニューヨーク在住。