太平洋戦争下の国立ハンセン病療養所 多磨全生園を中心に
著 者:清水寛
出版社:新日本出版社
ISBN13:978-4-406-06399-9

現在進行形の問題解決のために

「人類の負の遺産」を参照し、その価値観を生かす

宇内一文 / 常葉大学健康プロデュース学部准教授・教育学
週刊読書人2020年4月24日号(3337号)


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に大流行している。日本における「緊急事態宣言」に基づく「外出自粛」により、私たちの日常生活が著しく制限されている。この未知の感染症への日本政府の対策は、感染者とその疑いのある人を国内に入国させないとする水際対策、つまり隔離を基調とするものであった。場当たり的な隔離による感染者らの行動制限など基本的人権の一部を制約する対策の在り方や、感染症に関係する人たちに対し、不確かな情報に基づいた誹謗や中傷、不当な差別や偏見などの人権侵害の問題が発生している事態に、戦前から戦後にかけてのハンセン病の「隔離」を想起したのは評者だけではないはずだ。
 
戦前、ハンセン病には特効薬がなく、「不治の病」だと考えられていた。それゆえ、感染拡大を防ぐために、患者を療養所などに「隔離」することで、社会からハンセン病を制圧する「隔離」政策がとられてきた。ハンセン病患者を強制的に社会から隔離・排除することで、ハンセン病を撲滅することが試みられてきたのである。こうした「隔離」の在り方は、人権侵害を伴うものであったことは、人類の負の遺産として記憶に留めておく必要がある。
 
日本のハンセン病政策の特徴について、著者の清水寛氏(埼玉大学名誉教授)は、〝特殊日本型〟と表現し、それはハンセン病者の「強制収容・絶対隔離・義務労役・絶滅・民族浄化」を強いる人権侵害をともなうものだったと評価している。〝特殊日本型〟の「隔離」の最前線が、本書が中心的に論じている国立ハンセン病療養所(以下、「療養所」)であった。
 
本書は、国立療養所多磨全生園の入所者自治会発行『多磨』誌の連載を再構成し、前編著『ハンセン病児問題史研究』(新日本出版社、二〇一六年)の姉妹編として、ハンセン病者・回復者が極限状況に追い込まれた太平洋戦争期を中心に、全生園を主な対象として、入所者の自治的組織「全生常会」の活動実態と特徴について、「隔離」を強いる当局側と、強いられる患者組織側の双方の一次史料を用いて明らかにした大著である。著者のライフワークの一端を整理した本書には、新しい発見や深い考察が随所に見られるが、ここで二点だけ紹介したい。
 
一点目は、戦時体制下における患者組織の創設とその機構・性格を明らかにしたことである。戦時下の「療養所」は、患者組織の存在と活動に大部分を依存しなければ、管理・運営ができない、「名ばかりの施設」であった。「隔離」医療の内実はこれであった。全員加入の「全生常会」は、園当局の方針に従いながらも、自らの生存・生活に不可欠な食糧増産や供給、患者同士による看護、娯楽や文化、スポーツなどの生きがいの創出など多方面に関与した。当初、患者組織は、自主的・多面的活動であったが、戦局が悪化していくなかで、園当局による取り締まりが強化されると、こうした活動は組織化され、入所患者の生命を軽視した「療養所」における「銃後動員」体制が強化された。
 
二点目は、太平洋戦争期・敗戦直後の「療養所」における患者死亡率の高さの原因について、各種史料から検証し、「死因」としては記録されていないものの「栄養失調」による合併症の可能性が高く、患者組織の自助努力による食糧増産や供給には限界があり、むしろこうした事態は必然だったという考察は慧眼である。
 
以上の二点から、「療養所」もまた戦争の惨禍とは無関係ではなく、まさに戦場と化していたのである。
 
ハンセン病問題をめぐる歴史ほど、過去の経験が現在進行形の問題解決のため「実学」的に参照される分野はないという指摘がある。未知の感染症による予測不能な事態の解決に対し、新しい価値観からだけでなく、私たちが目を背けがちな「人類の負の遺産」という価値観を生かした解決へと導いていくために、ぜひ本書を手にとってみて欲しい。(うない・かずふみ=常葉大学健康プロデュース学部准教授・教育学)
 
★しみず・ひろし=埼玉大学名誉教授・障害者教育学。全国障害者問題研究会顧問。一九三六年生。