東アジアの弾圧・抑圧を考える
著 者:岩下哲典
出版社:春風社
ISBN13:978-4-86110-669-9

なぜ、どのような局面で、いかなるメカニズムで行われたのか

関智英 / 津田塾大学准教授・中国近現代史
週刊読書人2020年5月8日号(3338号)


タイトルの「弾圧・抑圧」から、学生時代に読んだ『拷問全書』(原書房)などの記憶が甦り、何やらおどろおどろしい内容を想像してしまったが、本書の一四篇の論文は、必ずしも弾圧・抑圧を直接論ずるものではない。
 
序では本書の目指すところ二点が次のように明快に示される。一点目は、抑圧や弾圧はなぜ行われ、またそれはどのような局面で、いかなるメカニズムで遂行されたのか。二つ目は、抑圧・弾圧の基本構造の解明である。
 
こうした問題意識の背景には、日本近世史を専攻する序文筆者の疑問――幕府が渡辺崋山らを弾圧した「蛮社の獄」は、東アジアの抑圧・弾圧事件史の中で、どのように位置づけられるのか――があったという。
 
全体は「幕末維新期の日本」「近現代の日本」「近現代中国と台湾・少数民族」の三部に分かたれ、それぞれ四篇・四篇・六篇の論文で構成されている。紙幅の関係で全章を紹介できないが、特に読み応えのあったものを紹介しよう。
 
序でも言及された蛮社の獄に関しては、「小関三英と蛮社の獄」(第一章)と「「蛮社の獄」による弾圧の影響」(第二章)が新たな角度から検討を加えた。前者では高野長英とともに渡辺崋山の蘭学研究を助けながら、従来研究が立ち遅れてきた小関三英を検討し、三英が崋山との研究や知識人との交流を通して、政治意識を深めていったとする。後者では蛮社の獄で捕縛されながら、それを脱出した高野長英によって宇和島藩の洋楽教育が進んだことが明らかにされた。
 
「文久~慶應期における土佐勤皇党への弾圧とその潰滅」(第三章)は、土佐藩の勤皇党弾圧により、中央政局で活動する土佐藩の人材不足が招来された一方、勤皇党の生き残りが後藤象二郎や板垣退助ら「上士層」と結びつくことによって、土佐藩政の新たな展開が生れたとする。
 
幕末、開国論者の暗殺を正当化するために流行した「国体」「大逆」「国賊」「売国」といった水戸学・国学的言説が、明治以降は国家権力の側が人々を弾圧するためにそのまま利用されるようになったことを明らかにしたのが、「江戸末期の暗殺と明治の弾圧の言説分析」(第四章)である。幕末は反体制派、明治以降は体制派が用いた言説の論理構造が、実は一貫しているという指摘は興味深い。
 
同じく興味深く読んだのが「「蝦夷共和国」説の形成と展開」(第八章)である。旧幕府軍が箱館で榎本武揚を総裁に選んだ政権を「共和国」と見なす言説が、民間史学の代表者である木村毅や、羽仁五郎・井上清らマルクス主義者の歴史の語りから生まれ、さらに田中彰によって政治性を増す過程が説得的に跡付けられている。
 
「外省人が来た道」(第一四章)は、戦後中国大陸から台湾に移った外省人の居住区である「眷(けん)村(そん)」に注目し、外省人の来歴を俯瞰した。戦後台湾の国民党政権下で外省人によって本省人が抑圧された、という語りを相対化する視角は、台湾社会を考える上で示唆に富んでいる。
 
さて、以上のような興味深い論考も収めた本書だが、冒頭のテーマ「弾圧・抑圧」との関わりが必ずしも明確ではない論稿が複数ある点は惜しまれる。「弾圧・抑圧」をあえて厳密に定義しないことで、議論に幅を持たせようとしたのかもしれないが、序で示された課題がぼやけてしまった感は否めない。各論がどのような形でテーマと関連するのかを総括する一章があっても良かっただろう。(せき・ともひで=津田塾大学准教授・中国近現代史)
 
★いわした・てつのり=東洋大学教授・日本近世・近代史、幕末維新史。青山学院大学大学院博士後期課程満期退学。著書に『江戸無血開城』など。一九六二年生。