動物に「心」は必要か 擬人主義に立ち向かう
著 者:渡辺茂
出版社:東京大学出版会
ISBN13:978-4-13-013314-2

ヒトのレンズで動物をみる

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

宮永理央 / TRC データ部 国際事業部
週刊読書人2020年5月15日号(3339号)


動物を観察するとき、私たちは人間の行動や心理というフィルターを通して彼らを見ている。外で他の犬や猫を撫でて帰ってきたときに愛犬が必死に私の匂いを確認しているのを見て「嫉妬してる?」なんて思ったり、毎年誕生日には犬用ケーキを準備したり、という気持ちは、ペットを飼っている人には特に理解してもらえると思う。このように、動物の行動や心理をヒトの行動や心理に当てはめて理解する姿勢を「擬人主義」という。
 
本書で議題となるのは、このような日常的な擬人主義ではなく、動物行動の研究方法としての擬人主義だが、心理学、進化論、哲学、宗教など様々な分野における擬人主義の扱いや発展をなぞっていくうちに、いかに私たちが当たり前のように擬人主義の姿勢で動物たちを見ているかという事実に気付かされる。同時に、心理学という学問においていかに擬人主義が根深いものなのか、という点も学ぶことになる。
 
著者の渡辺茂氏は実験心理学、神経科学、比較認知科学を専門とする。1995年には「ピカソとモネの絵を見分けるハトの研究」で、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる業績」に対して与えられるノーベル賞のパロディー、イグノーベル賞(心理学賞)を受賞している。
 
本書は「動物に「心」は必要か」というタイトルだが、より著者の意図に近いかたちに言い換えると「動物の行動を理解するのに「心」は必要か?」のほうがしっくりくる。かつて文化人類学者が直面した問題「ある特定の文化によってほかの文化を特定する自文化中心主義は適切なのか」は擬人主義にも共通するものだろう。擬人主義はヒト中心主義である。西欧文化が文化のすべてではないように、ヒトの「心」もまた「心」のすべてではない。擬人主義で生み出された動物の「心」は動物の行動を理解、分析する根拠としてふさわしいとは言えない。
 
しかし擬人主義の難しい点は、全くもって間違い、ということでもないという点だ。著者は反擬人主義の立場をとりつつも、例えば実験動物の行動制御などにおいて擬人主義は有効だとも述べている。研究としてではなく、日々私たちが動物と共存する、という場合において擬人主義はそれほど罪深いものではないと思う。科学的な証明はできなくとも、私の愛犬に「心」はない、と言い切ることはできないし、そんなことができる飼い主はいないのではないか。動物と身近に触れ合っていればいるほど擬人主義に陥りやすい、と著者は述べており、これこそが日々近くで動物を観察する研究者にとっての落とし穴だろう。
 
本書を通して擬人主義という落とし穴の周辺を歩き、その深い穴の底を覗いてみてほしい。