創造か進化か 我々は選択せねばならないのか
著 者:デニス・アレクサンダー
出版社:ヨベル
ISBN13:978-4-909871-12-1

一流の科学者による一流の神学書

本多峰子 / 二松学舎大学教授・キリスト教英文学・キリスト教
週刊読書人2020年5月15日号(3339号)


著者デニス・アレクサンダーは、ケンブリッジ大学の分子免疫学者であり、いくつもの要職を務めてきた指導的科学者である。同時に彼は、(本書序文の言葉を用いれば)「聖書が隅から隅まで心を揺さぶる神の言葉であると信じている人々」の一人であることを自認する熱心なキリスト教徒でもある。科学と宗教の関係を論じ、両者の調和、共存、相互作用を考える、ファラデー科学と宗教研究所(Faraday Institute of Science and Re-ligion)の創設メンバーであり、名誉所長でもあり、名誉フェローでもある。彼は科学と神学両分野の深い専門的知識を有し、その学問的知識に立って、両者が対立するものではなく、真の科学者が真の信仰者でもありうることを長年にわたり示してきた。この本は特に、聖書の創世記一章の創造物語が科学の進化論といかに調和するか、科学と神学の両領域から論じ、一般読者の理解を助けることを目的に書かれている。
 
本書は最初に創造とは何か、聖書原典のヘブライ語やギリシア語も踏まえて聖書学的に解釈し、創造に関する聖書的教義を、神と被造界との関係や奇跡の意味を踏まえて神学的に論じる。次に、進化とは何かを科学的に、年代決定の問題、人間のDNAや遺伝子の働きや構造の仕組みから解説し、現在の人間が生物学的には長い歴史を経て進化によって成ったと考えられることの妥当性を明確に示している。そのうえで、クリスチャンがダーウィンの進化論をいかにして受け入れたか、進化的創造主義という見方を提示して、C・キングスリーの有名な、神は被造物が自己発達できるように原始の形を創造したのであるとの考えなどを紹介して、「進化論と聖書の創造論とはどちらかを選ばねばならない二者択一の選択肢ではない」と言う。進化論は神に反するというのは誤解である。
 
さらに彼は、聖書の創世記での人間の創造物語と進化論の関係を考える。過去七〇〇万年にわたるホモサピエンスの進化の歴史を、DNA情報の科学的データを用いてサヘラントロプスからたどり、最初のヒトは遺伝学的にその進化の上で現れたものであると科学的に示したうえで、アダムとエバが、神との人格的な関係、神と自分との個人的な関係を知る認識力を備えた最初の霊的命であったとの考えを、聖書の記述と科学とを整合させる目下のところ最善のモデルとして採択する。
 
著者は科学者として、進化や創造をどこまでも純粋に科学的に追求する。科学でまだ証明できないことを安易に神の業や設計に帰す考えは断じて退け、「我々は、我々が知り、かつ理解することの少なさの故に、神を誉め、讃えるべきであり、我々の現在の科学知識の無知に基づいて、神学的または弁証法的な装いをすべきではない」と言う。科学者は、神の業について科学の記述が未完成であることを認識しており、だからこそ、「神の世界を研究するために」自然科学の分野で働いているのだと言うのである。
 
この態度は、ニュートンら初期の科学者が、自分たちの営みが神の被造界を理解するための神学的営みであると考えていたことを思い起こさせる。著者デニス・アレクサンダーはそうした意味で、科学と神学が袂を分かつ前のケンブリッジの科学者たちの魂を受けつぐ科学者のひとりと言えよう。
 
この本は、科学的な専門的議論を踏まえているため、訳出にも専門的な知識が必要である。訳者は化学で博士号を取得した科学者であると同時に、科学と神学の分野でリーゼントカレッジの客員研究員の経験ももつ。その確かな訳で本書が日本の読者に紹介されることは、日本ではまだあまり開拓されていない科学と宗教の関係を考える分野で貴重なことである。本書は、信仰と科学が矛盾するのではないかとの問題意識を持つ方はもちろん、そうではない方にも是非薦められる一冊である。(小山清孝訳)(ほんだ・みねこ=二松学舎大学教授・キリスト教英文学・キリスト教)
 
★デニス・アレクサンダー=ケンブリッジ大学のSt Edumund’s CollegeのFarady Institute ofSience and Religionの名誉所長、名誉フェロー。現在International So-ciety for Science and Religionの常務理事。一九四五年生。