証言 沖縄スパイ戦史
著 者:三上智恵
出版社:集英社
ISBN13:978-4-08-721111-5

沖縄戦証言をいま、どのように聞きとるのか

現在進行形の軍事主義への批判として

大野光明 / 滋賀県立大学准教授・歴史社会学・社会運動論
週刊読書人2020年5月15日号(3339号)


アジア太平洋戦争末期の沖縄、旧日本軍のなかに護郷隊と呼ばれる遊撃戦部隊があった。隊員を構成したのは徴兵適齢前の十五、六歳の「身長より銃が高い」ような少年たちだ。米軍との圧倒的な戦力差によって敗退の途にあった日本軍は、護郷隊による米軍への潜入と情報収集、米軍施設の爆破、夜間斬りこみなどのゲリラ戦を展開した。部隊を計画し、指揮したのは陸軍中野学校出身者たちである。集められた兵士の数は約千人、うち戦死者は約一六〇人だったという。
 
本書は映画監督・ジャーナリストである三上智恵による約一〇年にわたる護郷隊への取材をまとめた、新書としては異例の七五〇頁の労作だ。著者と大矢英代によるドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(二〇一八年)の内容と公開後につづけられた取材成果がまとめられている。多くの元護郷隊員や沖縄住民から貴重な証言を集め、旧日本軍資料や元隊長のその後の足跡なども調査し、護郷隊がどのようにつくられ、いかなる作戦を遂行し、兵士たちはどんな困難を抱えこんだのかが描かれる。住民を巻きこむ作戦が行われるなか、日本軍によって「スパイ」容疑をかけられた住民は殺害された。住民自身もそれに「協力」していた。沖縄の住民が「被害」にも「加害」にも関わる戦場の極限状況が克明に浮かびあがっている。
 
また、「名前は出さないでくださいよ。またやられるかもしらんから」という語りは、出来事がまだ終わっていないことを示す。三上智恵はこれまで高江や辺野古での米軍基地・施設の建設や宮古・八重山での自衛隊部隊の新設の問題を追い、優れたドキュメンタリー作品を発表してきた。本書は現在進行形の軍事主義への批判としてもある。護郷隊は住民からの「理解」や「協力」なしには成立しえなかった。「国民に自発的に協力してもらうためには、平時から構造的にも思想的にも国民を統制しやすい体制を作っておくことが肝要」なのであり、それは「今、日本で進行中のこと」という言葉に深く共感する。私たちはすでに軍隊への「理解」と「協力」を涵養されている。軍隊への「協力」や「参加」の浸透は、私たちのなかに「スパイ」を探し出し、それを「始末」する主体をつくりだす。戦争はすでに私たちのなかにあるのだ。
 
一方で、筆者は本書の叙述に少なからぬ違和感をもった。特に護郷隊長をめぐる叙述である。息子を亡くした母親が戦後に、元隊長の胸ぐらにつかみかかり「息子を返せ」と訴える。だが著者は元隊長の「繰り返し襲ってくる苦しさと悔恨」に寄りそう。また、彼らの指揮した負傷兵殺害について、「助からない部下たちの苦しみを一瞬で終わらせてやるのも幹部の務めだったのかもしれない」と書く。三上の叙述は兵士たちの経験に内在的であろうとするがゆえに、軍隊の論理のなかにどこかでとどまっていないか。個々の証言は軍事主義の権力関係のなかに埋めこまれているが、証言を聞くことを通じてそれを突き崩すことはできないか。戦争証言をめぐる普遍的課題がここにある。(おおの・みつあき=滋賀県立大学准教授・歴史社会学・社会運動論)
 
★みかみ・ちえ=ジャーナリスト・映画監督。作品に『標的の村』『戦場ぬ止み』、著書に『風かたか「標的の島」撮影記』など。