寺山修司の一九六〇年代 不可分の精神
著 者:堀江秀史
出版社:白水社
ISBN13:978-4-560-09750-2

伝説の検証としての研究から
新たな関係性としての解釈へ

松井茂 / 詩人・情報科学芸術大学院大学准教授
週刊読書人2020年5月22日号(3340号)


寺山修司が亡くなり約四〇年が経とうとしている。私はリアルタイムに寺山を知ることは無かったし、フォロワーでもない。端的に言えば、寺山の代名詞にあたる「母」「青森」「恐山」といった、本書でいうところの「素材」、〈私〉といった同じく「主題」が苦手だ。詩人としてはそれを避けてきたが、私が研究する、一九六〇年代TBSに在籍し、七〇年にテレビマンユニオンを創設した今野勉、萩元晴彦、村木良彦の研究を通じて、マス・メディアでの寺山の仕事を知った。やや乱暴にまとめれば、マス・メディアの性質と指摘して過言ではない、ステレオタイプを作り出すことが、この作家の資質と相まみえる機会が多くあったように思う。私は、テレビの制作現場は集合知的であり、これに関わった特定の作家の仕事を強調して注目するよりも、スタッフは並列的な関係であることを論じる立場をとっていた。そんな流れで、恵比寿映像祭、東京藝大、テート・モダン(ロンドン)で寺山が関わった番組の上映と発表を行った。特にテートの上映会は、日本ではあまり話題にならなかったが、寺山をエクスパンデッド・シネマの世界的な先駆けとして位置づけようと試みた、極めて批評的な企画だった。海外の研究動向を踏まえても、一九六〇年代のニュー・メディアの想像力から見出された寺山論があっても良いのに、と思っていたところで、本書に収録された論文を知った。マス・メディアに対する寺山の批評的な態度、そこで意識化された表現は、映像化された番組に留まらず、脚本への注目を促していたことなど、一口に領域横断的で片付けられがちな経緯が精緻に分析された論文は、たいへん画期的なものである。
 
本書の刊行がいかに待望久しいものであったか、私なりの感興で前置きが長くなったが、改めて述べると、一書となった本書は、三つの観点で画期的だと思う。まず寺山の作家性を、一九六〇年代の想像力として論述した点で、これは前述の通り。次に「寺山修司」という、多くの人々が知ったつもりになっている、ほとんど先入観に基づくアイコンの問い直しとして。そして、映画監督、篠田正浩との影響関係を分析した点が挙げられる。
 
「寺山修司」というアイコンの問い直しは、寺山の芸術観をこれまでに書かれた様々なテキストを精緻に解釈することを通じて、既存の寺山像がいかに戦略的に、自らの手で、構成されたものであったのかを分析している。一読すると、なんだこれまでの「寺山」観と変わらないじゃないかという声も聞こえてきそうなのだが、そうではない。例えば、本書では、『書を捨てよ、町へ出よう』が、初版から現在入手できる文庫版で全く異なることや、書誌情報が明示されない書籍の編集が指摘される。こうした方法がつくりだす効果が、作家自身の自覚的な戦略であることを丁寧に解釈している。研究としては当然のことだが、実に寺山研究として、こうした取り組みを、私は寡聞にして知らない。
 
そして篠田との影響関係は、本書の最後に収録された論文だが、寺山を単に懐かしみたい読者を置いてきぼりにしてくれる、ユニークな内容だ。篠田が監督した『少年時代』を寺山への「オマージュ」として、それも『田園に死す』との関係から論じるのだ。井上陽水の主題歌でも知られるこの映画について、寺山による陽水への言説を参照していたりもする。正直、トンでもな印象で読み始めた部分だが、この章が本書の白眉かもしれない。ある意味で、本書がここまで論じてきた寺山論をもって、『少年時代』をめぐる寺山の不在を「オマージュ」と読み換える論旨の妙味を、是非とも読書として愉しんでいただきたい。
 
寺山に限らないが、二〇世紀後半の芸術家を考える場合、映像記録、批評、関係者の思い出、その周囲に形成される先入観等々、極めて膨大な情報が堆積し、むろんその事実確認がまずは研究となるが、その一歩先に本書は踏み出すことに成功している。(まつい・しげる=詩人・情報科学芸術大学院大学准教授)
 
★ほりえ・ひでふみ=東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻比較文学比較文化研究室助教。博士(学術)。編著に『ロミイの代償 寺山修司単行本未収録作品集』。一九八一年生。