『文藝首都』──公器としての同人誌
著 者:小平麻衣子
出版社:翰林書房
ISBN13:978-4-87737-449-5

欲望の装置としての同人誌がもつ構図

『文藝首都』という雑誌自体に迫る初の本格的研究書

渡邊英理 / 静岡大学人文社会科学部准教授・近現代日本語文学
週刊読書人2020年5月29日号(3341号)


今日、作家になりたい人がいる。その人がとる最もメジャーな手段は、文芸誌が主催する新人賞に応募することだろう。新人賞の受賞が、作品を「商品」とし、原稿料を貰う活計の道を開く。ひとりの書き手は、かくのようにして「職業作家」となる。とはいえ、新人賞システムとも言える「作家双六」の十全たる開花は、戦後のことである。本書の執筆者、和泉司が明らかにした通り、昭和戦前期において、「文学賞」は未だ「文壇」の「権威」ではなく、「懸賞」への投稿は賞金目当ての行為として軽視されていた(ただし雑誌『改造』の懸賞創作を例外として)。では、それ以前に書き手が作家になるルートは、なにか。そのひとつは、間違いなく同人誌であった。たとえば、夏目漱石の激賞を得た芥川龍之介の小説『鼻』が発表された雑誌『新思潮』(第四次)とは、芥川が一高の同級生である久米正雄、松岡譲らとともに発刊した同人誌である。文学の道へ志を同じくする同人たちと協同し作品発表の場たる雑誌を作る。作品発表と同人間の観賞や批評からなる文章修行。そこで頭角を現す新人が、文壇での活躍を得るという訳である。現在まで『文學界』『三田文学』と掲載が続く全国同人誌評はその名残を伝えるものだろう。
 
あまたある文芸同人誌のなかで、一九三三年から一九七〇年までおよそ三十七年もの長きに渡って刊行された文芸雑誌が、『文藝首都』である。保髙徳蔵が主宰したこの同人誌は、大原富枝、金史良、芝木好子、小林美代子、金達寿、佐藤愛子、金石範、北杜夫、なだいなだ、林京子、中上健次、津島佑子ら多くの作家を世にだした。およそタイプの異なるこれらさまざまな作家を輩出した一事からも、この雑誌の傑出した存在感を窺い知ることができるだろう。だが、これまで『文藝首都』は、これら作家の修行時代の場として散発的に言及されてきたものの、必ずしも雑誌それ自体の有様に十分に光が当てられてきたとは言い難い。本書は、新人育成という目的を持ち、「同人誌での下積みから新人が頭角を現し、文壇で活躍する、という文学サイクルのひとつの典型」を象徴する『文藝首都』という雑誌それ自体に迫る初の本格的研究書である。三年間の共同研究の成果がまとめられ、詳細な年譜も巻末につく。当時の記憶を蘇らせる勝目梓、紀和鏡、飯田章、佐江衆一、元同人の作家たちによる鮮やかな講演録も記録的価値が高い。
 
三十七年の歴史を有する『文藝首都』を、本書は編年体的な断面図にして解剖する、すなわち戦前、戦中、戦後等の時代区分で分節し、雑誌の時代的特質を析出するという方法や構成はとっていない。代わりに本書が分析の基点におくのは、欲望の装置としての同人誌がもつ構図である。新たな才能の登場を欲する文壇の期待を、書き手は自らの欲望に重ね合わせつつ受容する。だが、書く主体の欲望は多義的で、文壇という制度の欲望に対して時に親和し、時に裏切る。国家や帝国による動員や包摂という期待に対しても、同様である。国家・帝国、文壇という制度と書く主体の複雑な交渉過程、その偶発性がもたらす同人雑誌という場の揺らぎを、本書は、複数の論者による多角的な視点でずらし束ねながら描き出している。その叙述は、雑誌の魅力や熱量をも伝える。
 
なかでも、同人ではない作家の関わりを描く論考は、雑誌の新たな相貌を示し新鮮だった。例えば、村山龍の「「素朴な、人間本然の心」を詠う」は、同誌での林芙美子の「詩作」を考察する。プロレタリア的な思想やモダニズム的な実験とも通いあう初期のアナーキズムやダダイズムの影響下にある詩を脱し、芙美子は、「生活」をめぐる抒情詩へと向かう。芙美子が『文藝首都』の投稿詩欄の選者の任にあたっていたのは、その抒情への転回期である。村山は、その転回を『文藝首都』読者の欲望を吸い上げ、「アマチュア性」や「素人性」を帯びた「抒情詩人」「生活詩人」としての〈林芙美子〉を上演し産出する行為と見る。それは、新人作家から抜け出そうとする芙美子の作家としての卓越化の戦略に他ならない。村山の韻文作品への注目は、「小説家たちの集う場」として語られがちな『文藝首都』を散文・韻文を含む「総合文芸雑誌」として捉え直させる。
 
あとがきで編者の小平麻衣子自身が述べるように、『文藝首都』には、本書で扱えなかった「読むべき多くの書き手」の作品がまだあり、それらを「じっくり読む」作業は残されている。しかしながら、『文藝首都』という同人雑誌をめぐる具体的で動的な場を描き出した本書の達成は、大きい。その達成によって、残された作業へ読者の参入をも誘う一書だ。(わたなべ・えり=静岡大学人文社会科学部准教授・近現代日本語文学)
 
★おだいら・まいこ=慶應義塾大学教授・近代日本文学。著書に『夢みる教養 文系女性のための知的生き方史』『小説は、わかってくればおもしろい』『『女が女を演じる』など。一九六八年生。