良き統治 大統領制化する民主主義
著 者:ピエール・ロザンヴァロン
出版社:みすず書房
ISBN13:978-4-622-08825-7

民主主義を取り戻すために

いま直面する難問に答える

松葉祥一 / 同志社大学嘱託講師・哲学
週刊読書人2020年5月29日号(3341号)


「大統領制化する民主主義」という副題にまどわされないでおこう。たとえば、次のような書き出しを読めば、本書がまさにいまこの国の問題を論じていることがわかるだろう。「市民にとって、民主主義の機能不全とは、自分の要望には耳を傾けてもらえないこと、諮問なしに政治的決定がなされること、大臣が統治責任を引き受けようとしないこと、指導者が嘘をついても罰せられないこと、政界が内に閉じこもり、外の世界に対して十分な説明を果たさないこと、行政の仕組みが不透明なままであることを意味する」(本書四頁)。閣議決定と「官邸の意向」ですべてが決まり、公文書の改竄、隠蔽、廃棄が横行し、大臣は責任をとらず、説明責任も果たさない、まさにいまここで起きている民主主義の崩壊が問題になっているのである。
 
著者が「民主主義の大統領制化」と呼んでいるのは、執行権(行政権)の肥大化のことである。これまで民主主義の機能不全の原因としてとりあげられてきたのは、もっぱら立法に関してであった。民衆(デモス)の支配(クラトス)という民主主義の定義から直ちに、実際に統治する人間と統治される民衆のあいだのズレが問題になる。それをどのように調停するかが民主主義の原理的問題であった。いいかえれば、どのようにして社会の多様な利害を政策に反映させるかという問題である。代議制もその解決策の一つである。しかし、これはすべて立法に関わる問題であった。現在の民主主義の機能不全の原因を探るためには、それでは十分でないというのが著者の問題提起である。民主主義が先に見たような機能不全に陥っているのは、それが「承認の民主主義」になっているからである。そこでは、民衆の唯一の政治参加の手段である選挙が、執行者を選ぶだけの手段になっており、民衆が「一日限りの主権者」でしかなくなっている。著者は、民衆が民主主義を自らの手に取り戻し「行使の民主主義」を実現する、「第二の民主主義革命」のためには何が必要かと問うのである。
 
コレージュ・ド・フランスの近代政治史講座の教授であるロザンヴァロンは、この問いに答えるために、中世ヨーロッパからフランス革命まで、ワイマール共和国からドゴールの第五共和制までを検証し、思想家や革命当事者たちの予想とは異なり、政府の権力の中心が立法権ではなく執行権へと移っていった過程を綿密に跡づけている(第I、Ⅱ章)。
 
他方で、かつてフランス民主労働総同盟の経済顧問を務め、自主管理に関する研究(『自主管理の時代』新田俊三・田中光雄訳、新地書房、一九八二年)でも知られるロザンヴァロンは、政治への積極的発言も多く、本書でも執行権の肥大化への対抗策を提示している。それは、『カウンター・デモクラシー』(嶋崎正樹訳、岩波書店、二〇一七年)でも素描されていた「理解可能性」「統治責任」「応答性監視」という三つの視点である(第Ⅲ章)。これらは具体策というよりも理念として考えるべきだろう。また、よき統治者に求められる資質として、「真実を語ること」(パレーシアをめぐる指摘は興味深い)と「高潔さ」をあげている(第Ⅳ章)。
 
「大統領制化」の問題は、別の見方をすれば、ポピュリズム政治家の独裁にどのように歯止めをかけるかという問いでもある。ロザンヴァロンは、最新刊の『ポピュリズムの時代──歴史、理論、批判』(スイユ社、二〇二〇年)において、ポピュリズムを無視できない問題として論じている。ポピュリズム政治家の多くは、伝統的な政党組織を「中抜き」にして直接有権者に訴え、その支持をエネルギー源にして自らの影響力を拡大している。それが執行権の肥大化の流れと相まって民主主義の危機として現れてきているのである。
 
C・ルフォールのもとでの博士論文以来、現代民主主義が直面する難問に答えようとしてきたロザンヴァロンが、その集大成と自認する著作である。訳文も読みやすい。一読をお勧めしたい。(古城毅・赤羽悠・安藤裕介・稲永祐介・永見瑞木・中村督訳)(まつば・しょういち=同志社大学嘱託講師・哲学)
 
★ピエール・ロザンヴァロン=フランスの歴史家・政治学者。コレージュ・ド・フランス教授。一九四八年生。