深読みミュージカル 新装版
著 者:本橋哲也
出版社:青土社
ISBN13:978-4-7917-7115-8

深読みミュージカル 新装版

鈴木隼 / 日本大学法学部法律学科四年生
週刊読書人2020年6月19日号(3344号)


本の内容が自分の背景と絡まり強烈な共感を生むと、本を閉じてからの思考法や世界観ががらりと変わることがある。観劇が趣味の私に、その経験をさせてくれたのがこの本だ。五感を通じて観劇を充分に堪能しているつもりだったが、もしかしたら、観劇とはもっと知的な充実感を受け取ることが出来るものなのではないか、と。この本は、ミュージカルの心への響き方を変え、観劇を、上演時間だけで完結しない日常生活への応用性の高い知的アートへ押し上げる。そして、やがて読者の中の、日常における「対象を見る目」をも養うことになると思う。
 
私がミュージカルから受け取っていた要素は、「音楽の高揚感」「物語からの教訓」「精神的な充実」の三つであった。しかし、この本が切り取っているものは、それらを劇場の外から分析することで導き得た、ミュージカル作品の「本質」である。劇場外で得られる歴史・文化的な背景知識を使ったり、思考を重ねたりすることで見えてくる、作品の世界を紹介している。
 
それにも係わらず、私が考えるこの本の最重要ポイントは、「ミュージカル上級者しか楽しめない書籍ではない」点である。本書には10作品のミュージカルが取り上げられている。『サウンド・オブ・ミュージック』、『ライオン・キング』、『メアリー・ポピンズ』、『マイ・フェア・レディ』、『ウエスト・サイド・ストーリー』、『キス・ミー・ケイト』、『ラ・マンチャの男』、『ジーザス・クライスト=スーパースター』、『オペラ座の怪人』、『レ・ミゼラブル』である。有名な作品ばかりなため、ほとんどの人が何か一作は知っているものに出合えるだろう。その章から、本書が意図している「思考法」を捉えることが出来る。知らない作品は、映画を見たり劇場に足を運んだりしながら、時間をかけて楽しむこともできる。また、作品を一つも知らないとしても、本書を読めば逆にミュージカルに興味を持つのではないだろうか。
 
例えば、「多文化共生」、「女性の役割」。現代のニュースでもよく目にするこの二語から、果たしてどんなミュージカルを想起できるだろうか。本書によればこの二語は、実は『ライオン・キング』に含まれる重要な要素なのである。「心配ないさ~」でおなじみの「ハクナ・マタータ」という楽曲はそのメロディから楽しい歌と思われがちだが、実は主人公シンバは「家族」という閉鎖的な社会単位における権力の悩みの最中にあり、歌っている他の動物は移民のような感覚で彼を包み込んでいる。こんな具合に様々な事実と知識を絡め、「多文化共生の感覚」といった、要素、構造、抽象論を生み出すという思考法が、この一冊を貫いている。また、「女性の役割」については、『ハムレット』という別の作品から、そのストーリーをヒントにし、「ハムレットのサバンナ化」という新しい枠組みで家父長制度に切り込んでいる。そこから、「女性の役割」についても考えるきっかけを与えているのである。それを理解できたとき、私は世界が大きく広がった。
 
そして本書を通し、ミュージカル以外でも自分にかかわる出来事を「現象×知識=日常に応用できるヒント」という具合に考えることが出来るようになった。本書から得た、独特の思考法だと思う。もちろん、ミュージカルへの親しみ、姿勢をさらに深いものにすることも出来た。ミュージカルなどのアート作品に触れて感覚を豊かにしたい、新しいタイプの読書や思考法体験を得たいという方には、ぜひ本書を手に取ってもらいたい。

★すずき・しゅん=日本大学法学部法律学科4年生。15年間、野球一筋。野球の合間に何とかして劇団四季ミュージカル観劇の予定をいれ、観に行くのが人生の大切な時間。