国民国家と不気味なもの 日露戦後文学の〈うち〉なる他者像
著 者:堀井一摩
出版社:新曜社
ISBN13:978-4-7885-1678-6

自らを絶えず更新してゆく文学的想像力

「国民」化の様相を言説分析から追及する

副田賢二 / 防衛大学校教授・近代日本文学・雑誌メディア
週刊読書人2020年6月26日号(3345号)


本書は、明治後期から大正初期の文学テクストを中心とした言説分析を通して、日露戦争以降の国民国家の形成と拡張、その「国民」化の様相を追究したものである。「国民国家批判」が「抑圧装置やイデオロギー装置によって差異が均質化される共同体」として「国民」を描出してきたという歴史性と、「そこに内部から抵抗する力が起こってくることを想定しにく」くなるという国民国家論のアポリアを見据えた上で、「国民化の力によって沈黙を強いられたものが抑圧に抵抗して回帰する様子を描き出す」(序章)場として、「不気味なものを描いた文学」を本書は位置付けている。
 
第一部「日露戦争と不気味なもの」は、第一章で泉鏡花「高野聖」の表象構造、二章で櫻井忠温『肉弾』の戦争表象の諸相、三章では漱石「趣味の遺伝」における〈銃後〉の戦争表象、四章では鏡花「沼夫人」の性・恋愛・女性像を論じる。五章では乃木希典殉死をめぐる同時代言説とその情動の共同体、六章では漱石『こころ』における殉死と「血」のレトリック、その死の欲動の内実を、七章では芥川「将軍」における法規制と検閲、その秩序を攪乱するテクストの可能性を論じている。第二部は「〈大逆〉事件と不気味なもの」と題され、八章が山県有朋「社会破壊主義論」と大逆事件の関係、そこでの「伝染病」の比喩と社会主義者表象、九章は平出修の法廷小説「逆徒」における「無政府主義者」像の創出、一〇章は幸徳秋水『基督抹殺論』と鷗外「かのように」の近代史学と「国体」観、一一章では大杉栄「生の哲学」と芥川「羅生門」の動物表象とその「野獣」性が孕む可能性、終章は、大正期文学テクストにおける身体の物象化と「野獣」的主体のゆくえを論じている。
 
そのような本書の独自性は、「不気味なもの」という、感覚・記憶・認識が錯綜する表象領域を、国民国家論の批評的コンテクスト上で捉え直した点にある。論考の対象も、社会主義者、無政府主義者という被抑圧者、動物の化身的存在や亡霊などの周縁的存在をめぐる表象から、著名な文学者や軍人、政治家の公共的言説まで幅広く、そこで同時代の言説と国民国家との構造的な相関性・共犯性を浮かび上がらせることに成功している。
 
また、本書の論考の縦軸となるのは日露戦争と大逆事件だが、「不気味なもの」というあくまで主観的な感触を時系列的に対象化し解析することで、ジャンル化された旧来の研究言説配置を相対化し、同時代言説・表象の隠されたネットワークを暴き出す可能性を示している。「国民規範」としての天皇制の創出過程で「規範から逸脱する要素は抑圧され、あるいは、棄却される。しかし、それはたえず甦り、国民主体を不意打ちする形で不気味に回帰する」(序章)との「不気味なもの」の概念定義は一定の説得力を持つものだろう。フロイト以降の「不気味なもの」論についても詳細に検証されており、従来の国民国家論の限界を、文学テクスト分析の手法において乗り越える可能性が示唆されている。
 
ただ、「不気味なもの」の生成と受容の場をめぐる差異をどう処理するのかという問題が、やはりそこには浮上する。「近代兵器による大量死を経験した日露戦争を描いた文学に不気味なものが突出するのは、それゆえ、必然といえるだろう」とするが、その表象の他者性はどこで生成され、消去され、変換されているのか、同時代メディアや視覚表象の問題も含めて、そのダイナミズムは多元的かつ精緻に検証されるべきだろう。序章冒頭に「この時期の文学空間に取り憑く不気味な国民」との表現があるが、「不気味」の統一的用法が明確ではない印象も受ける。その点について、序章では、国民の「不気味なもの」を「規範的国民にとって、よそよそしい親密さ/親密なよそよそしさを感じさせる」「〈うちならぬもの〉」=他者とする定義に加え、「国民」化の過程でその国民自身が行為遂行的に反復生成する/される「「不自然な」コピー」という定義を示している。内田百閒「旅順入城式」(一九二五)で描かれたような映像の中の「不気味さ」の問題も含めて、その後者の複製的相貌が、一九二〇年代以降の文学テクストの内部でどう増幅、反照されてゆくのか、さらなる考察を期待したい。
 
近代国民国家が、制度に規範化されない存在を排除し、その他者性を剥奪する一方で、文学テクストはその抑圧ゆえに、さらにしたたかにその制度性を暴いてゆく。文学的想像力は、いわば「不気味」な「動物」として放恣に制度を食い破り、自らを絶えず更新してゆくものであることを、本書は示唆している。(そえだ・けんじ=防衛大学校教授・近代日本文学・雑誌メディア)
 
★ほりい・かずま=東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻助教・日本近代文学・批評理論。