最期の言葉の村へ 消滅危機言語タヤップを話す人々との30年
著 者:ドン・クリック
出版社:原書房
ISBN13:978-4-562-05720-7

消滅言語の研究から浮かび上がるメッセージ

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

桑山大介 / TRC 仕入部
週刊読書人2020年7月3日号(3346号)


言葉は変化していくものである。日本語の「確信犯」という言葉は、「とある思想や政治的な信念に基づいて行われる犯罪」という意味ではあるが、昨今では「悪い事とわかっていながら行われる行為」という意味で使用されることが多い。多くの言葉で、元の意味が衰退し、誤用の方が広まることは、しばしば起こり得る。
 
それでは、特定の言語そのものが消え失せる時、どのような過程を経るのか。本書の著者である人類学者のドン・クリックは、そこに注目をして、パプア・ニューギニアの先住民の村であるガプンへと赴いた。この書籍は30年にわたってガプンへと通い続けた調査の記録である。
 
ガプンで消滅危機にある言語は、「タヤップ語」と呼ばれる言語で、ギリシア語やラテン語・中国語などと同じくらい古い言語と考えられている。これに替わる言語として広く使用されているのが「トク・ピシン語」と呼ばれる英語を母体とした公用語である。タヤップを使う人は数十人の高齢者のみとなり、確かに衰退しているが、面白いのは、村人の若者を含むほとんどの人々がタヤップを話すことはできるという点だ。話すことのできる人間がいなくなっているのではなく、使われなくなっているのである。言葉の意味の変容も、言語の消滅も、使用する人間の変化によるものなのだろう。ガプンの若者がタヤップを使うと、大人から発音や言葉の間違いを指摘さればかにされるので、若者は使用に消極的になっているというエピソードも興味深い(どこの地域でも、若者は大人から軽んじられて、大人は若者から煙たがられるものらしい)。
 
このように、消滅言語についてのルポと共に、ガプンの人々を詳細に記録している点も、本書の魅力だろう。著者は長い年月をかけて、ガプンの人々と打ち解ける涙ぐましい努力を続け、村人との信頼関係を築いたが、それをお涙頂戴の友情物語としては書いていない。村人の多くは白人の裕福な暮らしに憧れており、中には物欲にまみれている者もいれば、身勝手な振る舞いをする者もいる。「資本主義社会に毒されていない純粋な心を持った人々」というイメージを先住民に抱くのは、「未開の地の野蛮人」というイメージを持つのと同じくらい差別的な考えだろう。著者は、良い意味で冷徹な視点を持ってガプンの村人を見据えている。
 
ガプンの村人で最も特徴的なのが、白人社会が自分たちの死後の世界と考えている点だろう。現世である村での貧しい人生を終えれば、裕福な白人社会での生活が待っていると信じられている(そのため、白人社会からやって来た著者は、「幽霊」と思われている)。
 
著者は、これを富める世界と貧しい世界の分断によるものと捉え、ガプンから白人社会への批判メッセージと受けとめている。
 
ガプンの消滅言語の取材から生まれた本書は、言語学の研究ルポであると共に、現代世界の分断に対する、強烈なカウンターのように感じられる。