ノヴァセン 〈超知能〉が地球を更新する
著 者:ジェームズ・ラヴロック
出版社:NHK出版
ISBN13:978-4-14-081815-2

超人工知能と人類が共存する時代へ

ガイア理論の拡張版、一気通貫に未来語る

森山和道 / サイエンスライター
週刊読書人2020年7月3日号(3346号)


著者ラヴロックは、地球はあたかも一つの生命のようなシステムとして振舞っており環境を安定化させていると見なす「ガイア理論」の提唱者だ。ガイア理論の特徴は、生命圏と無生物圏、すなわち大気や岩石とが互いに相互作用しながら自己調節するフィードバックループを為していると考えた点にある。
 
たとえば地球ができた頃の太陽は暗く、その後徐々に明るくなってきた。当然、地球はより高温になっているはずだが、生命の存在が地球全体の太陽光反射率と二酸化炭素量を調整し、結果的に恒常性を維持している。この自己調整システムを彼は「ガイア」と呼んだ。しばしば誤解されているが、ラヴロックは地球がいわゆる生命と全く同じ意味で「生きている」と言っているわけではない。
 
ラヴロックは一九一九年生まれなので、本書はおそらくは最後の著書だ。タイトルの「ノヴァセン」とは、やがて生まれるだろう人類を超える知性を持つ電子的生命体と人類を含めた有機体とが、地球に共存する時代のことを指す造語だ。現在のことを人類の時代という意味で「アントロポセン(人新世)」と呼ぶことがあるが、それに継ぐ時代のことである。
 
電子的生命体とは、いわゆる超人工知能のことだ。最初は人類が作ったシステムとして誕生し、やがては自らを設計し改良しつつ製造していくだろう機械のことである。このような超知能も人類同様、自然選択の中から生まれるという意味をこめて、ラヴロックはサイボーグと呼んでいる。
 
そのサイボーグはSF映画のように人を駆逐する存在になってしまうのか。ラヴロックはそうではないという。非有機的存在も有機体と同様、少なくともしばらくは現在と同じような環境の地球を活動基盤として必要とする。そのため、いま地球を冷涼な環境に保っている有機的世界全体を必要とするので、人間と機械は互いに共生関係を維持するだろうという。
 
ここが彼の思想の面白いところである。つまりガイア理論の延長として超人工知能を捉えて語っているのだ。海面温度が四〇度になってしまえば生物だろうが機械だろうが惑星全体が徐々に破滅的な環境へと遷移してしまう。だから、人類をやがて引き継ぐ超人工知能がどんなものであれ、気温を安定的な状態に維持する必要があるし、おそらくは人類を含むこれまでの有機体世界と共存の道を選ぶはずだというわけだ。
 
機械が地球全体の自己調整システムに加わることにより、惑星工学レベルでの環境保護・修正プログラムは、より積極的なものへと変化する可能性がある。従来の有機体システムによる自己調整よりも、うまくやるようになるかもしれない。
 
将来のマシンは、いまの人間が植物を見るような感覚で人間の生活を観察することになるだろうという。そして猛烈な速度で自らを改善して進化していく。人類は地球でもっとも知的な生命体という地位を失う。
 
人類と電子生命体は初期段階では共存しているが、進化の次のステージのためにシーンを用意すること、それが人類の最後の役割となる。ガイア全体はやがて無機システムに覆い尽くされる。最終的には宇宙を情報へと転換していく。それこそが知的生命が宇宙に生まれた意味だという。これが彼の描く未来だ。ラヴロックは地球化学者として人類と地球、マシンの未来を一気通貫に語っている。
 
つまり、エネルギーフローを重視して固体地球と生物を一体として見たガイア理論の拡張版が、本書だ。
 
ディープラーニングの成功で訪れた第三次人工知能ブームに伴い、超人工知能の登場で人類はやがて地球の主役ではなくなるだろうと語る本は多い。しかし、その超人工知能が地球を冷やすために人類と共存するという視点はユニークだ。
 
気になるところもある。人類がやがて自らの子孫として生み出すだろう人工知能も「ガイア」の一部となる。ここまではいい。しかし、人工知能はどんな目的を持って自らを拡張していくのだろうか。その視点は本書には欠けている。また、ラヴロックがいうところのサイボーグがどんなものなのか、彼がいう知性とはどんなものなのかという点についてはぼんやりしている。おそらく興味がなかったからなのだろうが、そちらについては別の本と合わせて読むといいだろう。(藤原朝子監訳・松島倫明訳)(もりやま・かずみち=サイエンスライター)
 
★ジェームズ・ラヴロック=イギリスの科学者・英国王立協会フェロー。「ガイア理論」の提唱者として高く評価される。著書に『ガイアの時代 地球生命圏の進化』など。一九一九年生。