本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事
著 者:高瀬毅
出版社:文藝春秋
ISBN13:978-4-16-376030-8

本の声を聴け

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

乙骨敏夫 / 前埼玉県立熊谷図書館長
週刊読書人2019年5月17日号(3289号)


 書籍の売り上げが落ちる中,インテリアとしての本に注目が集まっている。「ブックディレクター」幅允孝(はば・よしたか)の元には,病院,レストランなどのほか,本の多彩な魅力に引き付けられたさまざまな企業から依頼が殺到する。
 幅は依頼主の意向に耳を傾けながら,本棚づくりの大体のイメージを練る。その際,書店の一般的なジャンル分けや図書館分類とは異なる視点で「セグメント」化を行う。福岡の美容室を例に挙げると,「装い」「スタイル」「食も大事」「子どもたちへ」「すてきな生き方」などである。そして,一見つながりの薄い本を配置する。
 「ベストセラーも,そうでない本もさりげなく“共存している”」(p.70)棚には押し付けがなく,「本好きが往々にして陥りやすい偏った選書ではなく,多くの人がさまざまなテーマに関心を持てるようなポピュラリティーを持った水準で,専門書からコミックまで集め,それぞれの棚で一つの世界観を作っていく」(p.91)。こうした棚づくりの根底にあるのは,どんなものでも等価値とみなす考え方である。幅は上から目線を極力排除しようとしているのである。
 棚づくりの発想そのものはこれまでにもあった。1980年代に一世を風靡した池袋リブロの「今泉棚」や,本文中で紹介されている編集工学者松岡正剛の「松丸本舗」もまた,独自の思想に基づく棚づくりだった。
 出来上がった本棚は三者三様だが,共通点が一つある。三人とも大変な読書家だということである。幅は精読する本だけで,年間300冊におよぶという。広範な読書に支えられなければ,多くの人の共感を呼ぶ棚づくりは不可能なのだろう。『リブロが本屋であったころ』(論創社 2011),『松丸本舗主義』(青幻舎 2012)と併せ読むことで,いくつもの貴重なヒントが得られるはずだ。