学問としての翻訳  『季刊翻訳』『翻訳の世界』とその時代
著 者:佐藤=ロスベアグ・ナナ
出版社:みすず書房
ISBN13:978-4-622-08899-8

学問としてのトランスレーション・スタディーズ

その成立条件を再検証しながら日本の現状を考える

柳原孝敦 / 東京大学大学院教授・スペイン語文学
週刊読書人2020年7月17日号(3348号)


一九七〇年代にヨーロッパで始まったトランスレーション・スタディーズ(TS)は近年、日本でも取り入れられつつあるが、その広がりと定着はヨーロッパのようにはいかない。論文集『トランスレーション・スタディーズ』(みすず書房、二〇一一)の編者・佐藤=ロスベアグ・ナナはそこに問題を見出したようだ。調べてみると、実は『季刊翻訳』や『翻訳の世界』といった、かつて存在していた商業誌がその学問の発芽を記すような興味深い内容になっていることを発見した。『学問としての翻訳』はその発見の成果の披露と言っていい。「『季刊翻訳』『翻訳の世界』とその時代」と副題に謳っているとおりだ。
 
まずはイギリスにおけるTSの成立を概観し、『季刊翻訳』『月刊翻訳の世界』『翻訳の世界』の内容を分析、最後に学問としてのTSの成立条件を再検証しながら日本の現在を考えるという構成になっている。大学の学部・コースなどがヨーロッパ各国(とりわけイギリス)と異なりいつまで経っても新設されない日本の現状ではあるが、学術誌の代わりを上記の雑誌などが果たしたことによって七〇年代には日本でもこの学問が成立したとみなしていいのではないか、というのがひとつの結論だ。
 
とりわけ丸山哲郎が編集長を務めた一九八〇年代の『翻訳の世界』の間文化的様態は重要視される。実際それは、かなり興味深い存在だった。読者としてはTSとしてこの問題をもう少し掘り下げてもらいたいと期待する。発行所から身を引く大学翻訳センターのその後(DHCとして化粧品会社へ変貌、そして近年の歴史修正主義的テレビ番組製作)、丸山が「文庫戦争」と呼んだ同時代の出版状況(サンリオ文庫など)、大塚英志が一九六八年の理念の実現と呼んだ八三年の文化状況とそれ以後の問題などだ。
 
あるいは日本にTSが導入され、それでもなかなか制度化の進まない二十一世紀の大学の問題(大学改革という名の上からの制度改革の功罪)にももっと切り込んで欲しいところだ。そうなれば専門の学科やコースの不在を疑問視するだけでなく、外国語学部の存在、「原書講読」や原テクストを読む人文系諸学部の従来からの授業のあり方との関係なども論じざるを得ないだろう。数年前まで外国語大学に勤めてそこでの通訳・翻訳コースの生成と変転を見、その後、本書にも登場する沼野充義が今年三月まで勤めていた、TSと文学理論との関係を重視することを謳っている文学部の一コースで教鞭を執る身としては、この本を出発点として、こうした方向への研究が発展することを望むのである。
 
さらに私の立場から言えば、TS大国のひとつスペインの視点ももっと欲しいところ。たとえば佐藤=ロスベアグはTSを「翻訳論」や「翻訳学」と訳すことはできないと言うが、スペインではtraductología (翻訳論)として定着しているのだし……。(やなぎはら・たかあつ=東京大学大学院教授・スペイン語文学:Twitter@cafecriollo
 
★サトウ=ロスベアグ・ナナ=ロンドン大学言語文化学部学部長・翻訳研究所所長。著書に『文化を翻訳する―知里真志保のアイヌ神謡訳における創造』、編著書に『トランスレーション・スタディーズ』など。