日本語の科学が世界を変える
著 者:松尾義之
出版社:筑摩書房
ISBN13:978-4480016133

日本語の科学が世界を変える

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

栗生育美 / 吹田市立中央図書館
週刊読書人2019年6月14日号(3293号)


 話題提供の意図もあり,遠出した折には私はあえて関西弁で話すことにしている。「関西弁ってあったかいですよね」,こう話される方の地域の言葉にこそ,私は温かみを感じる。
 方言に親近感を抱く以上に,日本語を母語とする我々は英語に対して強い憧れを抱く。世界の共通語が英語だということがその理由だろう。他方,この影響が顕著に現れるはずの科学の世界において,日本語で考えることの有効さとその重要さが,本著で述べられている。
 科学の世界になじみがなくても,「陽子」にプラス電荷を帯びていることや「葉酸」が植物の葉に含まれることは推測できる。「分光学」と聞いて「光を分ける」ことと何らかの関係があることも想像できる。どうやら,英語ではこううまくはいかないらしい。
 これらは訳語の力である。普段我々が使う概念を表す言葉の多くは,外国から持ち込まれ,明治期に翻訳されたものであり,「科学」もその一つである。つまり,科学を「科学」と呼んだ時点で,我々は「日本語で」科学をとらえているわけである。
 著者は,科学雑誌の編集者として,またジャーナリストとして,日本語の話者にも英語の話者にも理解を得られるよう工夫を織り込みながら,翻訳を繰り返してこられた。この経験に基づいた解説や主張には非常に説得力があり,専門家と一般読者の間を取り持つこの著者もまた,他の研究者と同じく世界の科学に貢献している存在であるといえる。
 ところで,本著での主張を曲解して冒頭の話に当てはめると,旅先でも関西弁で考え行動することを勧められるわけである。が,仮にこれを実行した場合,周囲の人々が多大な迷惑を被ることは避けられず,こればかりは慎まなければならぬと強く決心した私である。