「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
著 者:開沼博
出版社:青土社
ISBN13:978-4-7917-6610-9

「フクシマ」論

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秋本 敏 / 元ふじみ野市立図書館
週刊読書人2019年6月21日号(3294号)


 福島第一原子力発電所事故の直後に行われた4月統一地方選挙では原発立地の自治体で安全対策の是非が争点となったが,原発反対派の目立った伸長はみられなかった。反原発運動の高揚もあったが,原発の再稼働の動きも止まらない。あれだけの過酷事故が起きたにもかかわらず,この国は,なぜ脱原発へと舵が切れないのかという疑問を抱え続けていた時に出会ったのが本書だった。
 著者は福島県いわき市出身。3.11(東日本大震災)以前に書いた修士論文をもとに構成されている。主題は「フクシマ」が原子力を受け入れて現在までを「中央と地方」「戦後成長」などをキーワードにして研究したもの。学術論文という地味本ながら,3.11原発事故によって注目を集めた。
 「地方は原子力を通して自動的かつ自発的な服従を見せ,今日に至っている」(p.358)という言葉に私の疑問解決のカギがあった。原発を受け入れたムラは,出稼ぎがなくなり,さまざまな商店ができ,都会をムラに現出させることによって原発は「信心」となっていく。スリーマイル,チェルノブイリ,東海村JCO臨界事故が起きても「出稼ぎ行って,家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんかよりよっぽどいいんじゃないか」(p.112)と「ムラ」の安全を信じてしまう意識構造が原発の維持を支えている。
 地方行政でも,元知事佐藤栄佐久の「原発・プルサーマルの凍結,見直し」に対し,中央からの推進圧力とともに県会議員や原発立地自治体から凍結反対の声が上がる。こうして中央と共鳴しながら自ら持続的に原子力を求めるシステムが強固に構築されていく。
 3.11以降も「原発には動いてもらわないと困るんです」(p.372)と,ある原発労働者は生活の糧としての原発の存続を願う。原発を「抱擁」し続けるこの国の在り様が,若手社会学者によってまざまざと描き出された一冊である。