正社員消滅
著 者:竹信三恵子
出版社:朝日新聞出版 
ISBN13:978-4022737106

正社員消滅

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

森谷芳浩 / 神奈川県立図書館
週刊読書人2019年8月16日号(3302号)


 図書館で働く者にとって,この新書のタイトルに含まれる「消滅」という言葉のインパクトは,どれほど伝わるだろうか。図書館では,いわゆる非正規の雇用は身近にある,普通の風景となっているからだ。だが,見慣れた風景も,変わることなく存在していたわけではない。どうして正規,非正規と区別される事態が生じたのか。本書は,日本の雇用をめぐる風景の変容を辿り,その行方を探っていく。
 著者は新聞記者として,30年以上労働問題に関わってきた。今は大学で教えながら,正社員となるため必死に就職活動をする学生たちの声を聞く。そして,数多く取材してきた名ばかりともいえる正社員のケースを思い起こす。そこで生まれた実感が,二つの正社員消滅だ。ひとつは,非正社員数の増加によるもの。もうひとつは正社員であることが,安心して働けることではなくなったという意味での正社員消滅。この二つの「消滅」にわれわれは直面しているのではないか,と問いかけて本書ははじまる。
 単なる憶測ではない。続く章で,正社員が大幅に減少した職場や,より過酷な働き方を強いられる正社員の事例を多数紹介する。さらに,正社員,非正社員という区分が生み出された背景や政策,いま政府が進めている「働き方改革」のねらいなどを描き出す。研究者の論文や関係者の証言を丹念に追いかけ検証し,本質を浮かび上がらせる叙述には,誰もが納得できるだろう。
 冒頭で「消滅」という言葉のインパクトが伝わるかどうかと書いたが,著者によれば,無関心こそが危うい。「他の働き手の労働条件悪化を放置すると,いつかは自らの働き方の劣化を招き寄せる」(p.226)。雇用をめぐる風景は,今後,より多様で複雑なものになりそうだ。本書は,働くことの意味を深く考えるきっかけにもなるだろう。