読んでいない本について堂々と語る方法
著 者:ピエール・バイヤール
出版社:筑摩書房(ちくま学芸文庫)
ISBN13:978-4480837165

読んでいない本について堂々と語る方法

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

乙骨敏夫 / 前埼玉県立熊谷図書館長
週刊読書人2019年8月30日号(3304号)


 一冊の本について語るのに最後まで読む必要はない。むしろ全部読まないほうがいい。そんな「えっ!?」と驚くようなことを真剣に,ときにユーモアを交えて論じた本である。
 読まない意義を論じる際,引き合いに出されるのはムージルの長編小説『特性のない男』に登場する司書である。この司書は目録以外,図書館にある本を読もうとしない。本に無関心なのではなく,よりよく知りたいから読まないのである。個々の本に深入りして膨大な書物の海でおぼれないようにするには,全体の見晴らしこそが重要である。著者はこの司書の態度を肯定する。
 本を読まないことに意義があるとしても,読んでもいない本について語ることなどできるのだろうか?決して珍しいことではないという。わたしたちが普段何かの本を話題にするとき,そこで語られるのは記憶の中にある書物の断片に過ぎず,正確な内容などほとんど関係ないからだ。
 日常会話だけではない。本の批評も同じである。オスカー・ワイルドは,ある本について知るには10分もあれば用が足りる,それ以上読むのは批評の妨げになるとまで言い切っている。
 タイトルから想像されるような実用書と違い,本文中には本業の精神分析家らしい難解な概念も登場する。それでも小説を中心とした豊富な実例のおかげで,よく読めば基本的な考え方は理解できる構成になっている。紹介する本を著者自身が読んだかどうかを記号で示した注も面白い(訳者は解説で,やりすぎではと言っているが)。
 2008年に筑摩書房から出た単行本を文庫化したもの。同じく文庫で出ている『本を読む本』(M.J.アドラーほか著 講談社学術文庫 1997)とは対極の位置にある本と言える。二冊いっしょに読んだりするとめまいを起こしそうな気もするが,挑戦する価値はあるだろう。