欧州・トルコ思索紀行
著 者:内藤正典
出版社:人文書院
ISBN13:978-4409230565

欧州・トルコ思索紀行

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

宮﨑佳代子 / 千葉県立東部図書館
週刊読書人2019年10月4日号(3309号)


 2015年9月,エーゲ海で溺死した3歳児のシリア難民アイランちゃんの報道は,まだ記憶に新しい。しかし,それは自分とは縁遠い出来事だと考え,難民問題を肌で感じることは少ない。
 本書は,中東の国際関係を専門とする著者が,半年間の在外研修で滞在した各都市で体験し,思索を巡らせた雑多な記録である。「あとがきにかえて」で吐露されているように,出発前の著者は,刻々と変化する中東情勢やシリアでの邦人人質事件の解説等でメディアへの露出も多く,ちょっとした気分転換をもくろんでいたようだ。
 旅の前半では,踵の骨が炎症を起こすほど歩き回り,街での衣食住を楽しんでいる。ところが,ベルリンに到着したあたりから,焦点が欧州社会のムスリム移民へと絞られていく。そして,トルコでも有数のリゾート地にある自宅に戻った著者は,自宅前が欧州に向かうシリア難民の最前線と化している姿を目の当たりにする。商人として名高いシリア人の中には,家財道具を満載したベンツに乗って戦火を逃れて来た人もいれば,財産のすべてを金の装身具に換えて身につけている人もいる。新天地での暮らしに希望を抱いている人も少なくない。
 難民の視点から見る世界は,普段,私たちが接している欧米中心の報道で見る世界とは少し違う。他国の利害に翻弄され続ける人の視点があるということさえ気付いていなかった。その視点から見れば,複雑な中東問題も少しは腑に落ちる。著者が体験したように,戦争が前ぶれもなく,衣食住の隣にひょっこり顔を出すものであるとすれば,自分が難民になる,あるいは難民を受け入れる立場にもなり得る。
 度重なる北朝鮮のミサイル発射の脅威の中で,日本においても対岸の火事では済まされないということを改めて考えさせられた。