「お絵かき」の想像力 子どもの心と豊かな世界
著 者:皆本二三江
出版社:春秋社
ISBN13:978-4393373286

「お絵かき」の想像力

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

笹川美季 / 東京都 府中市立図書館、日本図書館協会認定司書第2012号
週刊読書人2019年10月11日号(3310号)


 小さい子どもと一緒にお絵かきをする時,子どもの描く,頭から手足が生えているヒトらしき絵を見て思わず微笑んだことはないだろうか。幼児の絵に見られるこのヒトの形は「頭足人」と呼ばれ,子どもの発達段階で必ず出現する。不思議なことにこの頭足人は,異なる文化や環境にあるどの国の子どもでも「ヒト」を描く時に必ず現れる。
 なぜ世界中の子どもたちはそろいもそろって,誰に教わったわけでもないのに,胴体のない頭足人を描くのだろうか。本書はこの頭足人をはじめ,幼児期の絵にみられるプロセスやモチーフが世界共通のものである不思議を,集団生活の場で大量に描かれた絵や,特定の子どもの描く絵の長期間にわたる観察から解き明かしていく。
 子どもの絵は,まず「点」から始まる。一見無意味のように思える紙に叩きつけるように描かれた点は,実はその後の発達の重要な第一歩となる。「点」は,やがて「線」になり,曲線などの変化がみられる「なぐりがき」の時代を経て,やがて不恰好な「円」になる。そして点や線,円を組み合わせた絵の中に,いつの間にか頭足人が出現する。はたして頭足人とは何者なのか。
 筆者はそれを,人類が四つ足歩行をしていた時代の記憶の現れだと推測する。遠い昔,四つ足動物であった自身の正面から見た姿を,子どもは紙上にコピーしているのではないかというのだ。
 どんな小さい子の絵であっても,子どもの絵の中には記憶にもとづく物語がある。絵は言葉よりも雄弁で,子どもは絵の中で,その時に持っているすべての感覚を使って内にあるものを表現している。筆者は美術教育の立場から子どもの発達について論じているが,そこには子どもの成長を楽しみに見つめる温かい目があり,子どもの可能性を信じようとする強い信念がある。子どもに関わる多くの大人に,手に取ってほしい一冊だ。