わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か
著 者:平田オリザ
出版社:講談社(講談社現代新書) 
ISBN13:978-4062881777

わかりあえないことから

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

大橋はるか / 埼玉県立熊谷図書館・元飯能市立図書館,日本図書館協会認定司書第1095号
週刊読書人2019年10月18日号(3311号)


 他者と触れ合うことなく生きていくことはできない。多くの人が人との関係性の中で悩み,社会で求められているコミュニケーション能力とは何か明確にできず戸惑っているのではないだろうか。
 本書は劇作家でありコミュニケーション教育に関わる著者によるコミュニケーション論で,「わかりあう」ことに重点が置かれた従来の論説と異なり,互いが「わかりあえないことから」始まる視点が新鮮である。
 会社では主張を伝えることができる能力を求められながらも「空気を読むこと」も同時に求められ悩まされている若者の実情や,子どもたちのコミュニケーション能力が低下しているように見えるのは,お互い「察しあう文化」で育ち「伝えたい」気持ちを持たないためであることなど,コミュニケーションに関する問題を明示しており興味深い。
 また,日本社会ではあまり意識されてこなかった「会話」と「対話」との違いにふれ,異なる価値観に出会ったときに粘り強く共有できる部分を見つけていく「対話」の重要性を説いている。
 多様性が重要視される現代社会において,さまざまな価値観を持つ人々と「対話」できる人を育てるために教育関係者にも読んでもらいたい1冊であり,あわせて同著者の『対話のレッスン』(講談社学術文庫 2015)もお薦めしたい。
 著者が「わかりあえないというところから歩きだそう」(p.223)と言うように,初めは「わかりあえない」のだから,少しでも「わかりあえた」ときにとても喜びを感じることができる。そう考えるとコミュニケーションが楽しくなってくる。