牧野富太郎 植物博士の人生図鑑
著 者:コロナ・ブックス編集部
出版社:平凡社
ISBN13:978-4582635102

牧野富太郎

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

石川靖子 / 横手市立平鹿図書館
週刊読書人2020年1月3日号(3320号)


 社会人になりたての頃,通勤路にある都内の公園の中で,よい香りに包まれる場所があることに気がついた。正体は沈丁花の花だと聞き,その香りが記憶に刻まれた。以来,植物の持つ圧倒的な存在感に心惹かれるようになった。
 図書館や書店で植物の本を眺めることは私の楽しみで,そんな折に出会ったこの本は,日本の植物学に多大な功績を残した牧野富太郎氏の自叙伝である。氏に関する著書は数多く刊行されているが,これはビジュアル版として美しくまとめられた1冊だ。既刊の著書から抜粋した文章を紡ぐかたちで進む本篇は大変読みやすく,緻密で詳細な写生画や植物標本は美術書のように美しい。
 1957年に94歳で亡くなるまで,植物の研究に一生を捧げた牧野氏が収集した植物標本は約40万点といわれ,1,500から1,600種もの新植物を発見している。故郷の高知と東京とを行き来し,さらに全国各地をまわり実地調査を積み重ねて,その地域に根付く植物を解明していった。
 牧野氏は「あるいは草木の精かも知れん」と自身を表現している。植物への果てなき愛が探究心を産み,学び,それが知識となる。知識が人生をどれほど豊かにするか身をもって示している。牧野氏によってこの世に記された多くの植物を,いつでも本で知ることができる私たちは幸せだ。
 図書館員は地域を知らなくては,と言われる。そのために,その地域に根付く植物を知ることも手だてのひとつになるだろう。山や丘陵,花木も街路樹も,花壇の花も,足元の草花も。図鑑などで調べてみよう,そんな気持ちになるはずだ。
 沈丁花の北限が東北南部と知ったとき,秋田での春の彩りには,沈丁花の香りが添えられないことを少し残念に思った。
 巻末には著作目録や略年譜,ゆかりの施設案内があり,牧野氏を深く知りたい人の役に立つ。