故宮物語 政治の縮図,文化の象徴を語る90話
著 者:野嶋剛
出版社:勉誠出版
ISBN13:978-4585221463

故宮物語

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

鈴木崇文 / 名古屋市中川図書館
週刊読書人2020年1月24日号(3323号)


 旅先としてますます人気上昇中の台湾。雰囲気のよい書店やおいしい料理に気軽に出会える魅力溢れる島である。しかし,九州ほどの大きさの台湾は,「島」なのか,「国」なのか,「中国」なのか,と問われてみると,困惑し口ごもってしまうのが正直なところである。
 本書は,朝日新聞で中華圏報道を重ねた元記者が,東アジア最高峰の博物館・故宮(台北)の長年の取材を通して示す過去から将来にわたる台湾像である。日本という第三者の視点がかえって像をくっきりさせている感がある。王朝継承と歴史の正統を何よりも重視する中華世界において,過去の文明の集積である故宮文物は日本での想像を大きく超える価値があるという。よって,国民党の蒋介石は,日中戦争時,戦禍を避けるため王朝遺産の眠る故宮(北京)から文物を南方に避難させ,終戦後共産党との内戦に敗れるとその一部を台湾へと運び込んだ。結果として文物は北京と台北に分離し,二つの故宮は政治対立の象徴となった。しかし,台湾の成長に加え近年著しい中国の経済成長は,これまでの双方対立に,解決なしの現状維持という解決法をもたらす可能性を感じさせるという。決して予断は許さないが光である。
 ところで,本書を取り上げた隠れた理由は,巻末の故宮(台北)の歴代役職者インタビューで語られる運営方針の変化や職員の意識が,日本の公共図書館を考える上で面白いと感じたからである。政権と故宮が一体であるのは措くが,市民に比べ伝統中華世界重視の気風が強い職員,広くアジアに故宮を位置づけ多元化を目指す民進党時の院長,セールスに長じても文物理解の浅い院長を好まない職員など,単純に割り切れず胸がずきずきする。
 著者の『台湾とは何か』(ちくま新書 2016)を併読すると理解が進み,日本への新たな視点も加わると思う。あわせて小籠包を味わえばさらに理解が深まるに違いない。苦しく,楽しい時間である。