コメニウス「世界図絵」の異版本
著 者:井ノ口淳三
出版社:追手門学院大学出版会発行、丸善出版発売 
ISBN13:978-4907574154

コメニウス「世界図絵」の異版本

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

橋爪千代子 / 立川市多摩川図書館
週刊読書人2020年2月21日号(3328号)


 「コメニウスは,十七世紀前半の動乱に生まれた天才である」(『児童文学論 下巻』福音館書店 2009 p.96)。児童文学者の瀬田貞二は,コメニウスをこう高く評価した。
 16世紀末のチェコに生まれ,教育者,聖職者などとして生きたコメニウスの78年の生涯は平坦ではなかった。子どもの頃から家族を相次いで失い,異端とされた宗派であったために祖国を追われ,欧州各地を転々とする一生であった。60歳直前のときには全財産を焼き尽くされるという惨劇にもあった。が,その直前に印刷所に届けておいた文書があった。それがその後の欧州の教育,児童文化に大きな影響を与えた『世界図絵』の原稿だったのである。
 「コメニウス以前の中世教育は,体罰が教育の方法だと疑いもなく行われていた。それは子どもを性悪説的な観点で捉えていた結果でもある」(工藤左千夫他著『学ぶ力』 岩波書店 2004 p.107)。その時代に,コメニウスは「子どもたちは絵を見ることが好きである。そしてその中から物事を自由に空想し創造する能力をもっている」(『学ぶ力』 p.108)と『世界図絵』の序文で宣言した。これは,子どもの観方を「性悪説」から「性善説」へと根底から転換する画期的な考え方であった。
 『世界図絵』は「18世紀には聖書に次ぐベストセラー(千野栄一)と言われ」(本書 p.4),「コメニウス以降ジョン・ロックやルソー,カント(中略)などを経て,近代教育と児童文化は開花する」(『学ぶ力』 p.108)ほどの潮流を起こした。
 世界初の絵入りの教科書,絵本の始まりという点からもその出版の意義は極めて大きい。
 本書は『世界図絵』以降,各国で出版された270種類以上もの「異版本」の研究書であり,元祖『世界図絵』への論讃である。最初に日本語に翻訳したのが18世紀に薩摩からカムチャッカに漂着した少年ゴンザだったという点も興味深い。