中谷宇吉郎随筆集
著 者:樋口敬二
出版社:岩波書店
ISBN13:978-4003112410

中谷宇吉郎随筆集

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

小野桂 / 神奈川県立川崎図書館
週刊読書人2020年2月28日号(3329号)


 この本のここに書いてあった本を読みたくなって読むと,また次の読みたい本が見つかるというような,読書のあやとりというかしりとりというか,そんな経験は,本好きの人ならきっとあることだろう。
 今回の最初の一投は,科学書を読み解いていく高野文子著『ドミトリーともきんす』(中央公論新社 2014)だった。漫画だと思って気軽に借りたら意外に難しく,それでも,紹介されていた中谷宇吉郎の随筆「簪を挿した蛇」に少し興味を惹かれたので,『中谷宇吉郎随筆集』に進んでみた。
 不勉強なもので,中谷宇吉郎という人を初めて知った。雪の研究で有名な物理学者で,東京帝国大学で寺田寅彦に師事した人だそうだ。寺田寅彦も読んだことがなかったわたしは,「天災は忘れた頃に来る」という言葉は寅彦の言っていたことだというのを,これで知った。
 窓ガラスが割れて雪まじりの冷たい風が吹き込む汽車で,乗り合わせた客が「戦争に敗けたんだから仕方がない」とつぶやいた話を導入に,なんでも敗戦のせいにする風潮に異をとなえ,今の困難はわれわれ自身がもたらしたものであるという自覚をうながす「硝子を破る者」など,心に響く文章が多くあった。「簪を挿した蛇」も,全体を読むと先の本に引用されていた部分がずいぶん違う印象になった。なかでももっとも心に残ったのは,「線香の火」という短文だ。地方の高校に赴任してゆく卒業生たちに,研究を続けることが大切なのだから「線香の火を消さないように」という言葉を贈っていた師・寺田寅彦を回想して,中谷は「現在の日本の研究費および施設は,世界での『地方の高等学校』である。それなればこそ,われわれは線香の火を消してはならないのである。」(p.275)と書く。――それから60年余り,今の“日本の研究費および施設”はどうだろう。
 さて次は。寺田寅彦を読んでみようと思う。