未来をはじめる
著 者:宇野重規
出版社:東京大学出版会
ISBN13:978-4130331081

未来をはじめる

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

古澤理恵 / 熊本県大津町立おおづ図書館、前大津町立大津北中学校図書館
週刊読書人2020年5月29日号(3341号)


 この本は,著者が東京の私立豊島岡女子学園中学校・高等学校で行った全5回の講義の記録である。政治とは,遠いところで行われていることではなく,実は私たちが多かれ少なかれ悩んでいる「人とのつながり」に端を発して生まれたものだと,本書が私に気づかせてくれた。
 自分と同じ人はいない。だから,すれ違いや対立は必ず起こる。ならば人と関わらず生きていけばいいのか? しかし,他人と関わらずに生きていくのは現代では難しい。では,各個人の自由な意思に基づきながらも他人と一緒にいるにはどうしたらいいのか。皆で決めた「一般意思」に皆が自発的に従えばいいと考えたのがルソーだった。人任せにせず自分で考える勇気を持ち,理性のスイッチを入れて自分で物事を判断しようと考えたのがカントだった。人と対話や議論を重ねながら失敗し,その失敗から学びを得て人は成長していくのだと考えたのがヘーゲルだった。学校で習った人物たちが,この本を読むといきいきと目の前に現れる。
 個人からの視点とは別に,社会という大きなくくりでの「決め方」として,選挙や多数決が登場する。目の前にあるこのシステムは完全ではないと著者は言う。ボルダ・ルールのような新しい方法を考える余地は,まだあるのだと知ることができる。社会では,何が一番大事にされるべきなのか。どのような方法で導き出せばいいのか。私たちは考え続けなければならないし,試し続けなければならないのだ。
 「思考しないことが凡庸な悪を生む」(p.252)
 本書の後半にある,20世紀の政治思想家ハンナ・アーレントの言葉が胸に突き刺さる。とてつもなく苦しく,逃げ出したくなるけれども,私たちは考え続け,行動していかなければならないとこの本は教えてくれる。