花と樹木と日本人
著 者:有岡利幸
出版社:八坂書房
ISBN13:978-4896942262

花と樹木と日本人

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

中村まさみ / 所沢市市民医療センター、元所沢市立所沢図書館
週刊読書人2020年6月26日号(3345号)


 初めて日本の古典が出典となった新元号「令和」の影響で,にわかに「梅花の歌三十二首」の序文が注目を集め,『万葉集』を手に取る方が増えているという。古典好きとしては嬉しい限りである。
 本書は,日本人に馴染みが深い八種類の花木や樹木について,縄文時代から現代にいたるまでの分布,特性といった植物学的な解説,文化・文学的エピソードなどが紹介されている。
 日本の古典文学に登場する植物について書かれた書物は数多あるが,営林局で森林育成に携わっていた著者の経験によるものか,本書は常に植物中心となって展開していく点が興味深い。
 その第一章に取り上げられているのが「梅」であり,話題の「梅花の歌」についても,生態や遊びが,知識と観察を根拠として詠まれていることなどに触れられている。
 梅もだが,「めでたい」印象の植物がある。「植物を示してめでたさを象徴させ,一つ一つの植物で寿,祝,瑞などの嘉事を表す」(p.184)という「瑞祥植物」である。植物は,薬や食用,観賞などの用途に加え,「象徴」としても捉えられてきた。「松竹梅」などは聞くだけで姿が浮かび,「縁起がいい」と思うほど,現代の私たちにも馴染み深い。
 しかし,本書を読み,私たちの想起する樹木や花木の様子は,万葉人が実際に見ていたものと必ずしも同じではないということに気付かされた。
 貴族から武士,その時代の権力者の移り変わりにより,植生分布の広がりも変化する。鎌倉時代には多くの桜の種類が現れ,江戸時代には将軍の好みによる椿などの花卉ブームが起きた。園芸ブームは時代が進むにつれて庶民にも広がりを見せ,品種改良が進み,新種も数多く作られている。楓などは,現代までに400種を超えているという。本書を開いて,さまざまな時代の人の目に映っていた花や樹木に思いを馳せてみてはいかがだろう。