築地 鮭屋の小僧が 見たこと聞いたこと
著 者:佐藤友美子
出版社:いそっぷ社
ISBN13:978-4900963795

築地 鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

市川純子 / 横浜市金沢図書館
週刊読書人2020年7月3日号(3346号)


 東京築地市場が豊洲に移転し,大きく報道されてから二年。中央卸売市場は去ったが,いわゆる「場外」と呼ばれる市場は築地に残り,営業を続けている。昆布・鰹節・海苔・煮干・豆。鮪・蟹・海老,そして鮭。専門の品を扱う店が軒を連ね,年末の買出し風景は風物詩となっている。筆者も毎年,鮭の専門店で,「年越しの鮭」をもとめる。銀色の鱗が光る立派な塩鮭を,一定のリズムで注文通りの厚さに切っていく包丁捌きが鮮やかだ。その鮭専門店の店主,通称「しゃけこさん」が,築地の魅力をたっぷり語ったのが本書である。
 迷路のような路地では,目利きし,鮪を切り貝を剥く頑固で無口な職人の存在感が際立ち,河岸言葉が勢い良く飛び交う。20代まで物書きをしていた著者がひょんなことから鮭屋に勤め,見聞した日常が活写されていく。買い物客として歩くだけでは見えない奥深さに,思わず引き込まれる。
 さらに,日本橋魚河岸時代も知る老舗の大旦那や古老に取材した話は,まさに「築地に歴史あり」。佃島の漁師や侠客も登場し,ひたむきに働き身代を大きくした夫婦の話など,小説のような面白さである。歴史をたどる著者の作業には,中央区立京橋図書館や,市場の中の専門図書館・銀鱗文庫も登場し,図書館員としては大変嬉しい。
 鮭の産地への訪問も紹介されている。宮城県牡鹿半島・岩手県大槌,東日本大震災から復興を目指す地域の漁師との交流には,豊かな鮭の食文化が見えて興味深い。
 今,築地場外には外国人客が大勢訪れ観光地化も進む。店頭には新たな需要に応える商品が次々に並び,たくましい商魂も満ちている。伝統を残しつつ変化を続ける町,築地場外。本書を読んでから訪ねれば,買い物の楽しさが倍増すること間違いなし,である。