人体は流転する 医学書が説明しきれないからだの変化
著 者:ギャヴィン・フランシス
出版社:みすず書房
ISBN13:978-4-622-08890-5

医師が紡ぐ 身体の『変身物語』

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

坪井飛呂香 / TRC データ部
週刊読書人2020年7月24日号(3349号)


紀元前後の帝政初期に活躍した詩人オウィディウスの『変身物語』では、ギリシア・ローマ神話の登場人物たちが次々と変身していく様(Metamorphoses)をうたった叙事詩が編まれている。本書はまさにその現代版(そして身体版)であり、『変身物語』をキーとして終わりのない身体変容のただなかにいる人間(Shapeshifter)とそれにまつわるエピソードを編んだ、臨床医学的博物誌である。
 
著者ギャヴィン・フランシスはエディンバラの医師であり作家……というと、日本でいえば森鷗外や北杜夫にあたるだろうか。前著『人体の冒険者たち』ではBMAブック・アワーズ基礎医療部門賞、英国5紙誌のブック・オブ・ザ・イヤーを受賞している。医師として働きながら七大陸を踏破したという異色の経歴を持ち、ここでもその冒険の一端を垣間見ることができる。
 
本書は患者情報の秘匿を述べるヒポクラテスの誓いを序に24章で構成されており、「思春期」「死」や「記憶」「笑い」などの人間にとって不可避の変化と、「タトゥー」「拒食症」といった限定された状況下で生じうる変化を扱った、緩やかな医学エッセイ集である。フランシスのもつ豊かな医学的見識に人文学をレイヤードし、古今東西さまざまな文献や伝承をケーススタディとして取り上げながら、各題目に掲げられた「流転する身体」にまつわる患者の症例あるいは自身の体験を深く掘り下げていく。
 
例えばボディビルディングの章では、ステロイドを濫用する患者に生じた変化を軸に、ヘラクレス伝承や肉体美に魅せられた怪力男ユージン・サンドウに始まるボディビル史を結びつけ、ステロイドが心身にもたらす影響や依存性を述べている。また、睡眠の章では睡眠メカニズムとギルガメシュ叙事詩、フロイトを結びつけ、体内時計の章では南極基地での軍医経験を原始生命体である藍藻にまで展開し、頭皮の章では角や髪に生じる現象からモーセ、マリー・アントワネットを呼び起こす。『聖書』『易経』『ヴェーダ』から『侍女の物語』『スター・ウォーズ』に至るまで、症例を紐解くための身体片たちが精巧かつダイナミックに組み上げられていく様は、さながら身体変化をめぐる紙上ツアーである。
 
我々はたえず揺らめく流転のなかを生きており、流転の受容を可能にしているのは緻密に練られた芸術品ともいえる身体構造である。変化とは恐れるものではなく、懐胎から死までの生命のひとめぐりにそっと寄り添うものなのだ。あたたかくも深い洞察に満ちたフランシスが導く身体の物語は、我々にその事実を認識させてくれる。