ポン・ジュノ 韓国映画の怪物
著 者:下川正晴
出版社:毎日新聞出版
ISBN13:978-4-620-32633-7

ポン・ジュノと変態

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

藤井成康 / TRC 仕入部
週刊読書人2020年7月24日号(3349号)


夜、大雨の中、田んぼの畦道を一人の女性が歩いている。傘をさし、かっぱを着込んで、懐中電灯を手に、その道に不慣れなのか、もしくは怖いのであろうか、彼女は歌いながら歩いている。口笛が聞こえてくる。彼女の歌についていくようなメロディだ。彼女は立ち止まり振り返って、懐中電灯で辺りを照らす。カメラは彼女の背を中心に田んぼを写す。月明かりが十分に届いていない、辺り一面は暗がりだ。その時、画面左上に人影がヒョコッと現れる。
ポン・ジュノの最高傑作「殺人の追憶」の一場面。田舎街で女性が相次いで殺されていった実話をもとに作られた本作は、2003年に韓国で公開されると大ヒットを記録。以降、「グエムル」、「母なる証明」、「スノーピアサー」、「オクジャ」といった快作を続けて発表した後、「パラサイト」でカンヌ国際映画祭パルムドールとアカデミー賞作品賞の2冠を達成する。本書は偉業を成し得たポン・ジュノの評伝であり、一冊の本としては初になる。
 
監督自ら階段映画と呼ぶほど、「パラサイト」では階段が象徴的に扱われており、その意図とするところの考察から第1章は始まる。半地下住居が今となっては稀な存在であることを、著者は韓国現代史を論じることで証明してみせ、また、アカデミー受賞の際にみられた格差社会映画との評に対しても見当違いと言及、実に痛快だ。
 
ポン・ジュノについての考察は、第2、3章に記されている。裕福な家庭に生まれ、大学教授の父の書斎で芸術的才能を育み、マンガ、映画で発展させて、映画監督を志す。1988年はソウル五輪の年、民主化宣言の措置として外国文化が開放され、朝鮮戦争時に北に渡った越北作家の本を手にすることができるようになった。ここにポン・ジュノの祖父が登場する。祖父は小説家として韓国で活躍したのち、自身の意思でもって家族を置いて北朝鮮に渡っている。そこでも歴史小説家として活躍、新しい家族とともに晩年を過ごした。これまで、ポン・ジュノは、自身が南北離散の当事者であることについて多くを語ってはこなかった。幾多もの自身の経験を映画に投影してきた彼が、なぜそれについては触れないのかについて言及されている。
 
最終章では、「パラサイト」を2冠に導いた韓国企業「CJ」についての考察が為されている。韓式を世界に広げるという考えのもと、アジア各国に進出、シェアを広げていく一方、日本の映画部門は2017年に撤退という事実は興味深い。また、「パラサイト」が中国では上映されていない点を、政治問題も絡めて解説している。
 
「パラサイト」とアカデミー賞を争った「ジョーカー」もまた、階段を象徴の道具として使っていたのは偶然であろうか。ジョーカーに扮したホアキン・フェニックスが階段で舞う場面は印象的であった。奇しくも、アメリカでは差別問題が再熱している。それは「階段」の行き来に制限をつけるなと訴えているように思えて仕方がない。