マンガの認知科学 ビジュアル言語で読み解くその世界
著 者:ニール・コーン
出版社:北大路書房
ISBN13:978-4-7628-3108-9

ビジュアル表現としてのマンガ

文法や読解過程をあきらかにする

池上賢 / 拓殖大学政経学部准教授・社会学・メディア論
週刊読書人2020年8月7日号


マンガは日常的な娯楽媒体の一つであるが、「どこまでがマンガであるのか」を定義するのは意外に難しい。多くの人はマンガと聞くと、ストーリーマンガや、4コママンガを想像するだろう。だが、新聞に掲載されている政治漫画もマンガであり、美学的観点に立つと、北斎漫画や鳥獣戯画にまでその起源を辿れるとする説もある。現代でも、マンガの周辺には、類似した表現が数多く存在する。アニメ、ライトノベルのイラスト、マンガ風の絵で描かれた絵本などである。マンガという媒体は、孤立した媒体ではなく、類似する幅広い視覚的な表現の中に位置づけられる。
 
本書は、表題の通り、マンガを認知科学の観点から分析している。だが、その射程範囲はいわゆる「マンガ」だけにとどまらない。著者は本書を「『ビジュアル言語理論』、つまりコミック、絵、グラフィックコミュニケーションのビジュアル言語に関する総合的な思考体系への入門書」(1ページ)となることを期待すると記している。ビジュアル言語とは、構造化された絵の系列であり、構造化された系列音である話し言葉と同じく、意味や文法を持つ。つまり、本書はマンガをある種の言語として捉え、その文法や読解過程をあきらかにしている。
 
本書は2部構成となっている。第1部では、ビジュアル言語の構造、その語彙と文法が取り扱われており、ビジュアル言語のどのような体系的な部分が、人々の心に貯蔵されるのか探索している。ここでは、吹き出しや集中線といったマンガ特有の記号的表現、絵の系列の単位であるコマ、コマの連結から生じる物語構造、コマの配置による視線誘導などが詳細に分析される。さらに、分析から明らかにされた事柄について、実際に人々が絵の系列を読んだり描いたりする際に、どの程度使用しているのか実験により検証している。
 
第2部では、「世界には文化的に多様なビジュアル言語がある」という前提のもと、アメリカと日本の「コミック文化」、そして中央オーストラリアのアボリジニコミュニティで使用される「砂絵」について、それぞれの特徴を記述している。特に日本のビジュアル言語である「マンガ」に関する詳細な記述は、我々が意識していない、日本のマンガ固有の特徴を浮かび上がらせ、相対化する機会を与えてくれる。
 
本書はマンガに関する学術的研究のみならず、関連する周辺領域、たとえばイラストや絵本などの研究にも応用可能性を持つ良著である。近年、マンガ〝的〟な表現は、マンガそれ自体だけでなく、企業広告や取扱説明書、教科書や参考書などといった実用的な局面でも目にすることが多くなった。一方、性的な表現が批判されるなど議論となることも少なくない。そのような問題に対処しつつ、マンガ〝的〟な表現の活用を図るためには、それらがどのような物であり、人々がどのように読み取っているのかという点を明らかにすることは欠かせない。本書は、マンガ的な表現それ自体について、社会の中で行われる議論にも多大な貢献可能性を持つといえる。(中澤潤訳)(いけがみ・さとる=拓殖大学政経学部准教授・社会学・メディア論)
 
★ニール・コーン=米国の認知科学者。オランダのティルブルフ大学認知・コミュニケーション学科講師。ビジュアルコミュニケーションとビジュアル言語に関する先駆的な研究で世界的に認められている。