南方熊楠と宮沢賢治 日本的スピリチュアリティの系譜
著 者:鎌田東二
出版社:平凡社
ISBN13:978-4-582-85933-1

二人のM・Kの「萃点」を紐解く

ある出来事に着目、大宇宙と個の内面をつなぎ考察

唐澤太輔 / 秋田公立美術大学大学院准教授・哲学・文化人類学
週刊読書人2020年8月7日号


著者の鎌田東二は、本書で、「あらゆるものごとや出来事にどこまでもつながっていって果てしがない、キリがない、際限がない」南方熊楠を「縦なしの横一面男」と呼ぶ(8頁)。一方、「『よだかの星』のよだかのように、どこまでもどこまでも垂直に天空飛行し、銀河系の彼方に飛び込んでいって木っ端微塵に散らばっていこうとする」宮沢賢治を「横抜きの縦一直線男」と呼ぶ(11頁)。本書の目指すところは、この極端な縦軸と横軸の言わば「萃点」である。
 
同時代を生きた二人のM・Kは、実際に会うことはなかった。しかし、横一直線に進む熊楠と縦一直線に進む賢治が、ある同じ世界的出来事に遭遇していたことは、この「萃点」を紐解く一助となり得る。
 
それがハレー彗星の接近である。鎌田は、一九一〇年に地球に急接近したこの彗星と、それに伴うかのように勃発した「スピリチュアル・ブーム」に着目している。ハレー彗星の接近は、様々な流言やパニックを世界的に生じさせた。鎌田はこの現象をもって、一九一〇年を「地球史的危機意識」の芽生えの年だとする。そして、ちょうどこの年に、日本において福来友吉による透視実験が行われ、ブラヴァツキーやスウェーデンボルグなどの心霊研究の著作が次々と翻訳され出版されたのである。鎌田は(明言してはいないが)、これは単なる偶然ではなく、「ハレー彗星インパクト」による「地球史的危機意識」を背景に、個々が内面的・精神的に深く省察するきっかけとなったことを仄めかしている。

石川啄木が嘆いた当時の「時代閉塞の現状」(161頁)を打破する方策として、世間で「変態心理学 abnormal psy-chology」が注目され始めたこの年(一九一〇年)に、「ハレー彗星インパクト」を接続させる鎌田のこの試みは、読者の斜め上をいく発想である。評者は、それを決して的外れと言っているわけではない。むしろ、大宇宙(マクロコスモス)と個の内面(ミクロコスモス)をコネクトする鎌田ならではの独創性あるいは跳躍を感じるのである。
 
――「縦なし横一面男」と「横抜きの縦一直線男」に「斜め跳躍男」K・Tが入り込む。本書を読むと、そんな印象さえ受ける。しかし、鎌田は、その錯綜する「萃点」の考察を忘れてはいない。鎌田は、このハレー彗星の強い印象が、賢治をして代表作『銀河鉄道の夜』を構想せしめたと言う。同時に、この「時代閉塞の現状」を打破するための方策として、賢治は「変態心理学」への関心をさらに高めた。一方の熊楠も、彼の代名詞とも言える「神社合祀反対運動」がピークを向かえたのは、ちょうどこの時であり、また同時に彼は、「時代閉塞の現状」を打ち破るもう一つの方法としての「生態学 ecology」への関心を高めていた。さらに熊楠は、福来の透視実験にも関心を寄せ、それに対するレスポンスとも言える論考「千里眼」で、独自の「変態心理」論を展開した。つまり、この「ハレー彗星インパクト」と「時代閉塞の現状」の下、二人のM・Kの知はスパークしたのである。

本書で、二人のM・Kの「萃点」は、「生態智」という言葉に収斂される(272頁)。それは、「変態心理学」「生態学」、さらには「民俗学 folk-lore」の絡まりあいでもある。そして、そこに見えてくるのは、自然と人間の心の「深層的な働き」である。さらに、熊楠はトーテミズム―真言密教―神社の意味論と機能論という三重構造(88頁)、賢治は法華経を基軸としながらも曹洞宗―浄土宗―浄土真宗―隠し念仏という四重構造(139頁)をもって、その「深層的な働き」にアプローチするのである。
 
この密接錯綜する「萃点」である「生態智」は、ヒューマンスケールをゆうに超えている。鎌田は「二人のM・Kが教えているのは、そんな人間の外し方だ」(286頁)と明言する。そして、この「人間の外し方」をさらに練り上げていくこと、すなわち二一世紀型生態智運動を行うことを鎌田自身の今後の仕事として位置付けている(286頁)。

実は、鎌田には、そのヒント(方策)は見えている。それは、「この身をもって天地自然の中に分け入り、そのエネルギーに浸され、賦活されて、天地自然の力と叡智を感受・理解し、それを有情無情の存在世界に調和的につなぎ循環させていく知恵とワザの体系と修道」(278頁)、すなわち修験道である。ここには、京都東山一帯を聖地とし、独自に「東山修験道」と名付け実践をしている鎌田独自の実感と確信がある。

二人のM・Kの縦線と横線が交わりあう「萃点」に、さらにK・Tの修験道という斜めからの線が組み込まれる――。その邂逅の場に何が立ち現れてくるのか。我々がそれを目にする日は近いだろう。その時我々は、そこに生起する強烈な「ヌミノーゼ」に、果たして耐えることができるだろうか。(からさわ・たいすけ=秋田公立美術大学大学院准教授・哲学・文化人類学)

★かまた・とうじ=上智大学グリーフケア研究所特任教授・宗教哲学。著書に『言霊の思想』『古事記ワンダーランド』『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』など。一九五一年生。