災害の倫理 災害時の自助・共助・公助を考える
著 者:ナオミ・ザック
出版社:勁草書房
ISBN13:978-4-326-15465-4

災害の倫理を問いかける

人の命を、政治はどう守っていくのか

平田京子 / 日本女子大学住居学科教授・防災、住居学
週刊読書人2020年8月7日号


災害を倫理として扱うこと。そのテーマは、防災にどっぷり浸かっている評者がはっとする何か新しい響きをもっていた。災害にどう備え、事後にどう支援するか、社会的に弱い立場の人々をどう守り、新たに住宅や生活、まちや国を再建していくにはどうしたらよいか、行政は経済と効果の関係を考えつつ、どんな事前事後対策をとるべきか、さまざまな面から具体的に考究していくのが専門家の使命だが、日々の努力は続けていても、どこか心にひっかかっていた、人として考えなくてはいけない命をめぐる本質的な問いを、本書は「思い出しなさい」というかのように、投げかけてくれた気がした。
 
私たちひとりひとりが、災害への備えを十分にして訓練しておく必要があり、行政が行う対策がいかに重要か、頭ではわかっていても、目の前の自分の課題、たとえば明日はどんな食事を作るか、明日に出す宿題を片付けなくては、という日常の問題を先に解決するのに手一杯である。だから災害の大きさに恐怖と不安を感じていても、何か他人事のように、災害への具体的な考察、対処はどうしても後回しにしてしまっている。そんな命のかかった選択を置き去りにしている私たちに向かって、著者は「さて命について、どのように守るのだ?」と静かに問いかけている。
 
「災害を倫理的に考察する」と言っても多岐にわたり、一言で概括できる単純さはないが、僭越にも一言でまとめてしまえば、何をどのように守るのか、道徳的に考えることである。ただし「命は大切だ」と高邁な目標を書き連ねるだけで、現実の問題が解決するわけではない。そのために何を犠牲にしなくてはいけないのか、いかに考えれば倫理的に公平・公正な判断と言えるのかに関して、いくつもの事例が読者の目の前に並べられる。本書にある通り、「災害を理解し、構造化し、道徳化する」ことで、災害をとらえ、克服することができるようにするというプロセスを一人一人がふめるために。
 
また、人間の浅はかさや、危機的状況の中で人が起こす行動について、暗く陰惨な気分になったり、逆に危機的状況を乗り越えるための人間の英知と精神に、心が熱くなったりして、読者の心が揺さぶられる事例が随所に用意されている。私はウィリアム・ブラウン号の大型ボートや、ニューオーリンズでのハリケーン・カトリーナに関する事例で沈鬱な気分になり、アーネスト・シャクルトンらエンデュアランス号の隊員には何か救われた気分になった。
 
防災計画では、最大数を救うことが最善なのか? 災害の定義とは? 災害時の徳とは?と、著者は繰り返し、倫理と政治の二面から問いかける。たとえば、実践的な災害倫理が長年の公共政策で無視されてきたことなど、問題を切り出して見せてくれる。浮き上がってくる多くの課題。そして問いかけと考察。それは結論でどんな形にまとまったのだろうか。著者は災害の「  」という用語でまとめている。「  」の中は、皆さん自ら、入れてみていただきたい。(髙橋隆雄監訳・阪本真由美・北川夏樹訳)(ひらた・きょうこ=日本女子大学住居学科教授・防災、住居学)
 
★ナオミ・ザック=オレゴン大学哲学科教授。一九七〇年、コロンビア大学で博士号を取得後、二〇年のブランクを経て、一九九〇年ぶりに学界に復帰し、ニューヨーク州立大学で教鞭を執る。